『水星の魔女』スレッタが向かう先は『エヴァンゲリオン』の碇シンジなのか?

 『新世紀エヴァンゲリオン』の放送が始まったとき、頭に浮かんだのは主人公の碇シンジが『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイのような救世主になるという想像だった。『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のスレッタ・マーキュリーに対しても、シンジのようになっていくのかという興味がつきまとう。もっとも、TVシリーズと新劇場版ではシンジは違う人生を歩む。スレッタが向かう先はどちらのシンジなのか。まったく別の未来なのか。

 スレッタが泣いた。『水星の魔女』の第18話「空っぽな私たち」のラストシーンで宇宙を漂いながら泣きじゃくった。遠ざかる宇宙船にはスレッタが絶対の信頼を置いていた母親のプロスペラ・マーキュリーと、少し前まで婚約者だったミオリネ・レンブランが乗っていた。ふたりはスレッタを突き放して地球へと向かおうとしていた。

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 生まれてから経験したこともない強い拒絶の連続に、スレッタの心が壊れるのも当然だ。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』で14年ぶりに目を覚ましたシンジは、憎々しげな目で自分を見るクルーたちと、「あなたはもう、何もしないで」と冷たく言い放った葛城ミサトの言葉に拒絶を感じて憤った。ただ、泣きじゃくるようなことにならなかったのは、シンジが父親の碇ゲンドウから長く拒絶を受けていたこと、そして自分がエヴァ初号機に乗って戦い、綾波レイを救ったのだという確信があったからだろう。

 スレッタにはそんな“自分自身”がなかった。あったのは、プロスペラから教えられた「逃げたらひとつ、進めばふたつ」という教えと、プロスペラの言うことを聞いていれば間違いはないという思いくらい。それらを信じてアスティカシア高等専門学園に転入し、ミオリネと知り合い、彼女の婚約者の座をかけた決闘を戦って勝ち続け、対戦相手だったグエル・ジェタークや地球寮の面々の好意や信頼を得ていった。

 その核にあったプロスペラへの信頼が消えた。プロスペラから向けられていた愛情が、スレッタを一種の“鍵”として使いガンダム・エアリアルの中にいるエリクト・サマヤを成長させるためのものでしかなかったと知った。自分を支えていたものがすべて奪われ空っぽになってしまったスレッタが、シンジのように憤ったり叫んだりせず、ただ泣くしかなかったのも仕方がない。

 そのシンジも、実はレイを助けられてはいなかったことに気付き、世界を真っ赤に染めたニアサードインパクトを引き起こしたのが自分だと知って愕然とする。それでも、渚カヲルから世界を取り戻す方法はあると教えられ、一緒にエヴァンゲリオン13号機に乗って戦おうとして見舞われた悲惨な出来事に完全に心を壊してしまう。泣くことすらできないくらいに。

 シンジに関しては、むしろここまでよく保った方かもしれない。TVシリーズでも新劇場版でも、シンジは長く自分を遠ざけていた父親のゲンドウに呼びつけられ、巨大な人型のロボット「エヴァンゲリオン」に乗れと言われ、「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ」と即断を求められる。臆しながらも「逃げちゃだめだ」と自分を奮い立たせてエヴァに乗り、使徒を倒し始めたシンジの活躍に、TVシリーズの当時はガンダムでジオン軍のモビルスーツと渡り合うアムロの姿が重なって見えた。

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 成長するかのように強さを増し、戦い方も変えてくる使徒を相手にした戦いに恐怖を覚え、逃げ出すようなこともしたシンジの心が、そこで壊れても弱虫だと誹ることはできなかった。けれどもシンジはレイを守ろう、惣流・アスカ・ラングレーを救おう、ミサトたちの期待に応えようと奮い立ってエヴァに乗り続ける。そして、TVシリーズを完結させた『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のラストで、自分以外にはアスカだけが残った世界で拒絶の言葉を浴びて慟哭する。シンジはアムロにはなれなかった。

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