『エンパイア・オブ・ライト』が描く心の拠りどころ オリヴィア・コールマンによる説得力
娯楽、アートフィルムの両方で、不動の地位を確立している、イギリス出身のサム・メンデス監督。彼の注目の新作は、1980年代初頭のイギリス南岸に面した古い映画館「エンパイア劇場」を舞台に、そこで働く従業員たちの人間ドラマをしっとりと描いた『エンパイア・オブ・ライト』だ。
ここでは、そんな本作『エンパイア・オブ・ライト』が真に表現したものが何だったのかを、内容を振り返りながら考えていきたい。
ロンドンから電車で2時間ほどの距離にある、海辺の避暑リゾート地「マーゲイト」。その浜辺を眺望できる場所にあるレトロなアミューズメントパーク「ドリームランド」が、架空の映画館であるエンパイア劇場の撮影場所となった。外壁に設置された「DREAM LAND」のネオンサインは、撮影中「EMPIRE」に置き換えられている。
メンデス作品で何度もともに仕事をしているロジャー・ディーキンスは、撮影監督として、そのようなリゾートの開放的な風景や、レンガで装飾された味のある建物、そして劇場の内観を、歴史ある教会でもあるかのように荘厳なものとして捉えている。
主人公は、劇場で働く女性ヒラリー(オリヴィア・コールマン)。過去の辛い出来事で傷ついている彼女は、妻帯者である支配人ドナルド(コリン・ファース)から精神的な弱さを利用され、性的な虐待を受けながら、他のスタッフたちとともに劇場での日々の業務をおこなっていた。そこに新たな従業員として現れたのが、若く素直な性格のスティーヴン(マイケル・ウォード)だった。大学で建築を学ぶ夢を絶たれた彼は、年齢の離れたヒラリーと、いつしか心を重ねて、密かな恋愛関係を紡いでいくことになる。
田舎町の映画館を舞台にした郷愁的なドラマ作品といえば、『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)を想起する映画ファンが多いのではないか。『ニュー・シネマ・パラダイス』では、映画と観客との関係だけでなく、『揺れる大地』(1948年)などのネオ・レアリズモ作品を紹介しながら、第二次対戦後のイタリア・シチリア島の人々の暮らしや、当時の政治的な状況を描いていた。
本作でも、舞台となった当時のイギリスの経済格差や、保守派の政治家マーガレット・サッチャーが首相になったことで、人種差別主義者のヘイトや暴力行為が活発になったという、アメリカのトランプ大統領時代にも通底する時代背景を描いている。その意味で本作『エンパイア・オブ・ライト』は、サム・メンデス版の『ニュー・シネマ・パラダイス』といっていいのかもしれない。
人種差別主義者たちの暴力によって、精神的にも肉体的にも傷つけられるスティーヴンの境遇は、これまで身勝手な男性たちによって傷つけられてきたヒラリーの境遇と重なる部分があった。つまり人種差別、女性差別被害に存在する共通部分が、二人の男女の関係として描かれているということになる。この疲弊した孤独な魂が、劇場の中の打ち捨てられたフロアで、静かに、密やかに共鳴するという構図が、本作にパーソナルな感動を運んでいる。