『エンパイア・オブ・ライト』は“記憶”に関する映画 サム・メンデス監督らにインタビュー

 ロンドンやニューヨークで数々の舞台を手がけて名を馳せ、『アメリカン・ビューティー』で第72回アカデミー賞にて作品賞と監督賞を受賞するなど衝撃的な監督デビューを果たし、一躍世界的な映画監督として注目されたサム・メンデス。その後も、『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』、『007 スペクター』、『1917 命をかけた伝令』など秀作でメガホンを取ってきた彼が、映画愛を込めて製作したのが話題作『エンパイア・オブ・ライト』だ。今回は、そんなメンデス監督をはじめ、主演のオリヴィア・コールマン、マイケル・ウォードに、この待望の新作について聞いてみた。

 本作は、1980年代初頭、まだ厳しい不況と社会的な不安が残る英国の海辺の町マーゲイトが舞台。地元の人々に愛されている映画館エンパイア劇場で働くヒラリー(オリヴィア・コールマン)はつらい過去のせいで心に闇を抱えていた。ある日、夢を諦め映画館で働くことを決意した黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が現れたことで、彼との交流をとおしてヒラリー自身も生きる希望を見出していくが……。そのほかに、『英国王のスピーチ』のコリン・ファース、『裏切りのサーカス』のトビー・ジョーンズらが共演し、撮影は『1917 命をかけた伝令』でもメンデス監督とタッグを組んだロジャー・ディーキンスが担当している。

 今作は、パンデミックで世界が変化していた時期に産み落とされた。「私には、映画館がまるで永遠に閉じられ、2度と外出もできず、見知らぬ人と一緒に暗い部屋にいることは決してないだろうという大きな懸念がありました。そしてメンタルヘルスの問題が浮上してきたんです」。そんなときに、メンデス監督は、この全ての要素を無意識のうちに今作に取り入れていったそうだ。「今作は、意識的に作ったわけではありません。何かを指摘しようと思ったわけではなく、観客に抗議しようとしたわけでもない。私にとってこの作品は記憶に関するものであり、1980年代は大激動の時代でもありましたが、偉大な創造性の時代でもありました。そんな中で、私の音楽の好みが形成されていったんです。1980年代を10代の自分の時代と感じ、あらゆる面であの時代を再訪したいと思いました」と製作秘話を明かしてくれた。

サム・メンデス監督

 まず、今作の一つのテーマとして描かれるのが、映画の魔法(マジック)だ。世界中で多くの人々がこのマジックに魅了されてきた。では、そんな映画の魔法に取り憑かれたメンデス監督は、当時どんな映画に影響を受けていたのか。

「私にとって最も重要だったのは、おそらく12歳の頃にロンドンのレスター・スクエアで鑑賞した『未知との遭遇』でした。映画が暗闇の中で始まり、低音が徐々に大きくなり、最終的に未知の物体と遭遇したときの映像は、今でもはっきり覚えているし、映画館のフロア全体がゴロゴロと揺れ、満員の映画館の観客の興奮を感じることができた。それから大画面の映画に夢中になりました。しかし、それは私が映画を作りたいと思った本当の理由ではありません。12歳のとき、映画を作るなんて考えたこともありませんでしたから。ただ、それが自分の好きなものだということだけはわかっていました」

 オリヴィア・コールマン演じるヒラリー役は、メンデス監督の母親に基づいて描かれているが、コールマンが主演の第1候補だったそう。もし彼女に断られていたら、メンデス監督にプランBはあったのか。

「実は全くありませんでした。これはオリヴィアを喜ばせるために言っているわけではなく、プランBを立てていなかったから、もし彼女が断っていたら、おそらく今作を手がけてはいなかったと思います。この脚本はロックダウンのときに書いた小さな作品で、やるべきだとは思っていたものの、彼女が『ノー』と言っていたら、私の歩みを止めていたと思います。私にとって重要な人たち、私の妻、主演のオリヴィア、撮影監督のロジャー・ディーキンス、プロデューサーのピッパ・ハリスのみんなが、この脚本を大好きだと言ってくれたことが、大きな違いを生みました。でもこの中の1人が、『これは嫌だからやりたくない』と言っていたら、制作していなかったと思います」

 コールマン演じるヒラリーは、メンデス監督の母親の精神疾患に影響を受けている役柄だ。コールマンは、そういった重要な精神的問題を描写し、対処する責任を感じていたと言う。

「サムの母親を演じるという大きな責任を感じていました。でも、サムはとても協力的な環境作りをしてくれました。サムはとても優しく、とても感情的で知的な人です。彼は“あなたに何もダメなことはない”と感じさせてくれます。だから私は、自由を感じながら思い切り演技ができました」

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