『舞いあがれ!』に詰まったテレビドラマとしての3つのポイント 重要だった久留美の言葉
たいていの日常会話は、他者が何か話をしたら、私はーー僕はーーとすぐに自分の話にシフトして対話にならないものなのに(それもひとつのコミュニケーションではある)、『舞いあがれ!』ではそれがない。ひとつのテーマをちゃんと話し合う。例えば、第99話のめぐみと舞と貴司の会話なんて家族会議という感じであった。しかも、基本、みんな饒舌ではなく、自分の話を熱く長く主張せず、ぽつりぽつりと、ボールを回すように語る。
そもそも舞も貴司もうまく話せない者同士であった。他者の話に自分の話をうまく乗せていくことができない。縄跳びでいえば、回る縄にうまく入れないような不器用な人たちである。舞は他者に遠慮して何も言えなかった性格を克服し、やりたいことをやれるようになったが、かつての自分のようなうまく思いを言葉にできない他者への気遣いは失っていない。それで職人のことを伝えるブログをはじめたり、笠巻(古舘寛治)の孫への愛情をオープンファクトリーで伝えられるようにしたり、心を砕く。
貴司は社会に馴染めず放浪して短歌に自分の気持ちを託すことで折り合いをつけている。歌人としてようやく自信が持てるようになると、自身の方法論を、自分と同じような境遇の子供たちに伝えることをはじめる。デラシネ常連の子どもたち、大樹(中須翔真)と陽菜(徳網まゆ)の言葉にならない思いを短歌化するように導いたことをきっかけに子供に短歌を教えたいと、青空短歌教室をはじめる。貴司が子供のときに、八木(又吉直樹)に思いを詩や短歌にすることを教わった恩送りをはじめたのだ。
さて、好ましいところの3点目は、第97話の久留美(山下美月)のセリフ「大事な友達と大事な友達が家族になりました。めっちゃ嬉しくて、ちょっとさみしいです」である。
舞と貴司がこのうえもなく幸福になったとき、久留美は悠人に正直に自分の気持ちを吐露する。「ちょっとさみしい」。この正直な感情を、舞のような他者に代弁させることも、貴司のように短歌としてひねった形にすることもなく、自身のむき出しの言葉で語らせた。これは第三の言葉である。そして、この飾らない言葉が刺さる人も世の中にはいる。テレビドラマの役割は言葉にできない視聴者の代わりに言葉にすることである。ただただヒロインの幸せを描くのではなく、テレビを観ているさみしさを抱えた視聴者を代弁した場面を描いたところに『舞いあがれ!』の意味があるような気がする。むかし、村上春樹がエルサレム賞のスピーチで、「壁にぶつかる卵の側に立つ」と語っていたことを思い出した。テレビドラマは卵の側に立つものであってほしい。『舞いあがれ!』にはその精神が残っているように思う。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
2022年10月3日(月)から 2023年4月1日(土)まで
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK