2022年の年間ベスト企画

荻野洋一の「2022年 年間ベスト映画TOP10」 「映画だけが……」とゴダールがつぶやく

 リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2022年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2022年に日本で公開された(Netflixオリジナルなど配信映画含む)洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第9回の選者は、映画評論家の荻野洋一。(編集部)

1.『劇場版 荒野に希望の灯をともす』
2.『グリーン・ナイト』
3.『インフル病みのペトロフ家』
4.『戦争と女の顔』
5.『彼女のいない部屋』
6.『アフター・ヤン』
7.『ケイコ 目を澄ませて』
8.『マイスモールランド』
9.『パラレル・マザーズ』
10.『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』(ディズニープラス)

 「映画だけが」――2022年9月に合法的安楽死を選択した映画作家ジャン=リュック・ゴダールが、10年をかけて作り上げた全8章からなる大作『ゴダールの映画史』(1988~1998年)の第3章のタイトル。確かに、そう言われてみれば映画だけがなしうることはまだたくさんある。いやむしろ、今日において映画の重要性がますます高まっている。そして映画には責任がある。善と悪を写し、真実と虚構を写し、美と醜を写す責任が。2022年、パンデミックに加えてウクライナ戦争が始まり、世界が動乱にある中で選ぼうとする10本の映画。選者たるわたしには、この10本がそれぞれに「映画だけが……」と声を上げているように思える。

 1位の『劇場版 荒野に希望の灯をともす』は、アフガニスタンでの救援医療と治水の整備、砂漠の緑化に多大な貢献を果たし、2019年12月にタリバーン系武装勢力の凶弾に倒れた日本人医師・中村哲さん(1946~2019年)の活動をカメラに収めたドキュメンタリーである。作りはごく普通で、フレデリック・ワイズマンやワン・ビンの作品のようにドキュメンタリー映画として秀逸であるとかそういうことではない。しかし、そこに写っている人から発せられる真/善/美が、世の映画に写るあらゆる被写体を圧倒しているのである。干涸びてヒビ割れたアフガニスタンの大地にニョロニョロニョロと、開通したばかりの用水路の水が流れ込むショットを見た時の、背中に電気が走るかのような震えの体験こそ、ゴダールの言う「映画だけが」生み出しうる体験である。

『グリーン・ナイト』©2021 Green Knight Productions LLC. All Rights Reserved

 2位の『グリーン・ナイト』は、アメリカ生まれの42歳デヴィッド・ロウリーが現代最高クラスの映画作家であることを証し立てた一作。これまでの最高傑作『ピートと秘密の友達』(2016年)に匹敵する。全カットがこの上なく美しくておぞましい。フリッツ・ラング『死滅の谷』(1921年)、カール・テオドア・ドライヤー『裁かるゝジャンヌ』(1928年)といったサイレント期の傑作を観るのと同等の感動がある。

 3位『インフル病みのペトロフ家』のキリル・セレブレンニコフ、4位『戦争と女の顔』のカンテミール・バラーゴフは反プーチンの意思を表明しているため前者はドイツへ、後者はアメリカへの脱出を余儀なくされた。2人のロシア人監督が今後も創作活動を続けられることを願う。5位『彼女のいない部屋』のマチュー・アマルリック、6位『アフター・ヤン』のコゴナダに手厳しい意見も寄せられたことは承知しているが、一選者としてここで彼らへの支持を表明する。愛する者の喪失という主題と格闘した『彼女のいない部屋』『アフター・ヤン』から多くのものを得た観客は、不肖わたしだけではないはずだ。

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