芸術作品と家庭ごみの境界線は? “質感”の映画『道草』に込められた俳優陣の工夫

 サチの姿が印象的なシーンは多いが、特筆したいものは二つある。まずは、彼女が初めて道雄の家を訪れるシーン。道雄がお茶かコーヒーを準備している時間。サチは道雄の部屋を眺めて回っている。やや長い尺。サチは、なんだか少し笑っている。この間、ずっとビーズののれんがゆらゆらと揺れ続けている。このような運動が加えられているからこそ、俳優が佇み、じんわりと幸福感を滲ませるための、このたっぷりとした時間は決して弛緩しない。前述の「饒舌さとは対極のところにある」ような『道草』の俳優たちの魅力を、決して逃すまいという工夫が見える。

 もうひとつ、大変素晴らしいサチのシーンがある。川辺で道雄とともに戯れている場面だ。道雄は河川敷の上方にいて、サチは下方で滑稽なポージングで川に石を放り込んでいる。サチを演じた田中真琴はインタビューで「川で道雄くんとまどろんでいるシーンとかでも私がやりたい事を尊重して演出してくださった」と語っている。(※)あまりに無軌道でチャーミングな、いつの間にかこちらが次の動きを待ち侘びてしまうようなサチの遊び。サチは身体をもって観客の目を誘うような引力をもっているが、これが田中真琴自身によるアイデアをもとにしているとは驚きである。俳優自身の工夫も大いに生かされているのだ。

 俳優の瞬間的な輝きを逃さない手腕はもちろん他のシーンでも光る。カフェで道雄とサチが待ち合わせるシーン。サチはカメラに背を向けており、道雄の表情のみがわかるような配置で会話が始まる。このときの青野竜平演じる道雄が大変素晴らしく、視線や口元に、サチへの好意が思わず滲んでしまっている。その後二人が交際を始めるという直接的な描写さえもが不必要に思えるほどに(実際、二人は明確な線引きを踏まずにいつのまにか恋人同士になっている)。

 二人目の女性が登場してからの変調も興味深い。同じカフェのシーンでも、道雄がサチといた店とは雰囲気がガラリと変わっているのはもちろんのこと、サチとの場合なら道雄の表情ひとつに焦点が当てられていた一方で、他の客が大勢いる中横からのアングルで撮られている。また女性が二人いる期間は編集の仕方もガラリと変わる。ひとつひとつのシーンが比較的長く撮られていた前半に比べ、スパスパと時間を切り刻み、まるで女性たちの間を往復するかのように交互に映す。見ていてつらい。女性たちの間を行き来するようなカットの繋ぎを目の当たりにしている観客の立場としては、サチにとって道雄との時間が「嫌な思い出」にならないでほしいと願うことしかできない。

 そして、『道草』で忘れてはならないチャーミングなキャラクターがもう一人。道雄の上司でありキューピッドとしても活躍する武藤(大宮将司)だ。ややお節介で勤務中は基本的に飲酒をしている彼。なんでもない話をしながらも、美味そうに酒を飲み、回収した粗大ゴミを猫のようにふみふみ踏みつけ、酔うと地蔵のように動かない。まさしく極寒の日に温かい飲み物を飲むようなほっこり感を映画全体に与えている。武藤のキャラクター作りにもまた、制作陣あるいは大宮将司本人の工夫を感じずにはいられない。

 『道草』は、同監督作『わかりません』に続くハイエンド製作映画の第2弾である。ハイエンドが俳優事務所であることも、監督・片山享が俳優出身であることも、俳優への「工夫」、俳優による「工夫」の尊重と結びついているのだろう。

 『道草』がもつ「質感」の説得力と、俳優についての「工夫」。これらをじっくりと体験するために、ぜひ劇場での鑑賞をおすすめしたい。

参照

※ 『道草』プレス

■公開情報
『道草』
12月9日(金)より、シモキタ – エキマエ – シネマ『K2』ほかにて全国順次公開
監督、脚本:片山享
出演:青野竜平、田中真琴、Tao、谷仲恵輔、山本晃大、大宮将司、入江崇史
プロデューサー:大松高
撮影:深谷祐次
照明:松島翔平
録音:坂元就、杉本崇志
制作:山田夏子
監督補佐:安楽涼
助監督:風間英春
ヘアメイク:谷口里奈、富田貴代
スタイリスト:磯﨑亜矢子、青山新
カラリスト:深谷祐次
整音:坂元就
絵画提供:大前光平
美術協力:sinden inc.、大門佑輔
宣伝デザイン: 櫻井孝佑
制作プロダクション:ハナ映像社
配給、宣伝協力:夢何生
企画、製作:ハイエンド合同会社
2022年/日本/122分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch
公式サイト:https://www.highendzworks.com/michikusa

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