福原遥が妬まれない『舞いあがれ!』が描くもの 八木の短歌に込められた人生の本質
幼なじみの久留美(山下美月)の場合、怪我をしてラガーマンとしての活躍を絶たれ冴えない日々を送っている父・佳晴(松尾諭)を助けながら地道に生活している。彼女にとって、会社も順調な舞の家庭は羨ましいものだ。
もうひとりの幼なじみ・貴司(赤楚衛二)は父母は元気で家業のお好み焼き店をやっているものの、入った会社の仕事が肌に合わず、好きだった詩も書けなくなっていた。唯一の心の支えだった古書店・デラシネが閉店すると知って拠り所を失って当惑していると、八木(又吉直樹)は短歌を書くことを勧める。
ひと昔前のドラマだったら、人生ままならない由良や久留美や貴司が、うまくいっている舞に悔しさを激しくぶつけるような場面があったのではないだろうか。最近のドラマはこういうとき、ネガティブな流れにならないように気遣っている節が見える。でも視聴者の抱える悔しさや悲しさを登場人物が代弁してくれるのがドラマであり、たまに吐き出さないと内側に溜まって苦しくなってしまうのではないか……という心配に応えてくれるのが、八木なのだ。彼は苦しみを詩や短歌に込めて生きていて、それを貴司にも勧める。自由詩が難しかったら、短く定形に沿った短歌にしてみる。これは舞が飛行機を作ることからパイロットに夢を変えたこととも重なって見える。自分の心にフィットするものを見つけることで人は楽になることができるのではないか。
「嬉しさは 忘れんために 悲しさは 忘れるために 短歌にしてみ」
これは2020年代のSNSだなあと感じる。いまやドラマのなかで登場人物が視聴者の気持ちを代弁するのではなく、視聴者自身がドラマと自身の人生を接続したときに感じたことをSNSに吐き出す。SNSは詩や短歌のようなもの。詩は難しいし、短歌も難しい、でもTwitter140文字は気軽に発信できる。
拙著『ネットと朝ドラ』で10年ほど前はTwitterは文章や絵のうまい人たち、あるいはそれを職業にしている人たちがリードしていたが、近年、もっと自由に誰でもが気持ちを発信できるようになったと書いた。だからこそ荒削りなものがたくさんあって混沌としているけれど、この言葉の群れは生々しい人間の叫びなのだ。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00~8:15、(再放送)12:45~13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30~7:45、(再放送)11:00 ~11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK