松坂慶子の“桐子さん”をいつまでも胸に 『一橋桐子の犯罪日記』が描いた“自由”の喜び
刑務所に入るための活動=“ムショ活”に励む主人公・桐子(松坂慶子)に、誰もがエールを送り続けたNHK土曜ドラマ『一橋桐子の犯罪日記』が最終回を迎えた。
“高齢者犯罪”という重大な社会問題をエンタメに昇華させる。そんな挑戦的な試みを見事にやってのけた本作。頼れる人もなければ、お金もない。知子(由紀さおり)という心の支えも失い、ひとりぼっちになった桐子は塀の向こうの極楽に夢を馳せる。これは、未来の私かもしれない――そう身に詰まされながらも、桐子の物語を通して私たちが見たのは、“娑婆”の素晴らしさだった。
これまで周囲の力も借りながら、さまざまな犯罪を企ててきた桐子。でも、どれも上手くはいかず、見かねた闇金業の寺田(宇崎竜童)からある提案を受ける。それは「自分を殺してくれ」というもの。殺人は他人の生命を故意に断ち切る“究極の罪”であり、「できるだけ人に迷惑をかけずに捕まる道」を模索する桐子にとって思い浮かびすらしなかった選択肢だ。
しかし、今回の場合はちょっと異例。寺田はがんを患っており、このまま命が尽きるのをただ待つよりも、誰かに殺されて悪人らしく死ぬことを望んでいた。一度は拒否した桐子だが、「一人で死にたくない」という寺田の切実な思いを前に気持ちが揺らぎ始める。だが、桐子は雪菜(長澤樹)や久遠(岩田剛典)らを巻き込んだ偽装誘拐で色んな人に迷惑をかけたばかり。「笑って長生きする」という知子との約束を果たすために始めた“ムショ活”だったが、すっかり桐子は自信もやる気も失っていた。
そんな桐子を再び奮い立たせてくれたのも、やっぱり知子。夫から酷い言葉の暴力を受けていた彼女は、高カロリーな食事でじわじわと夫の健康を蝕んでいくという形で復讐を遂げた。強い人や、悪い人に負けたくない。菜の花みたいな笑顔の裏で、知子はずっと理不尽と戦い続けていたのだ。そんな生前の知子の強さに励まされ、桐子は寺田の提案を受け入れる。
殺人計画を立てながら、桐子が行ったのは“身辺整理”。雪菜の夢を彼女の父である和也(神尾佑)に応援してもらえるように仕向け、再び弁護士を目指し始めた久遠には「家族とやり直す」というもう一つの夢に気づかせる。自分が刑務所に入った後、みんなが幸せに暮らせるように。思い残したことを一つひとつ消化していく中、桐子は憧れの三笠(草刈正雄)からプロポーズを受ける。三笠と結婚すればお金には困らない。何より孤独ではなくなる。でも桐子はそれを選ばなかった。
「あなたは、誰かと一緒じゃなくても大丈夫です。ご自分を信じて、生きてってください」
桐子が三笠に送った言葉は、そのまま桐子にも返ってくる。知子を失ったとき、桐子は一人ぼっちになった気でいた。だけど今はどうだろう。桐子のために手を貸してくれる沢山の人がいる。だけど、その存在を手に入れたのは他でもない桐子の力だ。刑務所に入るために大胆な行動をやってのける強さや、ときに自分の目的も忘れて他人の幸せを願ってしまう優しさ。自分でも気づかなかった力が周りの人たちを、そして彼女自身を救ってきた。
ゆかり(木村多江)の「少しでも幸せになってほしい」という願いが、友岡(片桐はいり)が送った「桐一葉拾う風ありこれからよ」という句が、坂井(富田望生)の「頑張ろうね、これからも」という声掛けが、桐子と寺田の計画を阻止しようとする雪菜と久遠の奮闘が、桐子を娑婆に留める。一人じゃないことにようやく気づけた桐子が最後に掴み取ったのは、塀の外で生きていくという選択だった。