実写版『耳をすませば』のテーマをスタジオジブリによるアニメーション映画から紐解く

 25歳になった雫(清野菜名)は、あれから物語を書き続けているがコンクールにも選ばれず、少しでも近い業界に身を置こうと児童文学の書籍担当の編集者として出版社に勤めている。しかし、日々の業務による忙殺のせいで思考も言葉も奪われ、自分が何かを選択しなければいけないのはわかっているけど、わからないという状態に陥っていた。“あの”月島雫にこの10年間で何があったのか。高校進学前で進路を悩んだ15歳の時と同じように、アラサーという年齢に向かう25歳は、一つの節目となるタイミング。そこで、10年間もろくに会っていなければ連絡もたまにしかしない男と付き合い続けるべきか、そして仕事も夢もどうしようという等身大的な悩みを雫は抱えている。

 10代の時には感動したり、何かを感じられたりしたことが、大人になるにつれてもう何も感じられなくなってしまったという苦しみは、あまりにも辛辣でリアル。子供の頃にアニメ映画版『耳をすませば』を観て、雫と共に歳を重ねて大人になった観客にとっては、さらに寄り添える問題ではないだろうか。この葛藤は、10年後の物語だからこそ描ける物語であり、これこそ本作がもっと深く突き詰めるべきテーマだったように思えた。それと同時に、大人になったからこそ遠距離恋愛やアラサーに近づくうえでの不安など、現実的な問題に雫がもっと向き合う描写があれば物語に深みをもたらせただろう。

 失った“音”を取り戻そうと、雫は聖司(松坂桃李)に会いに行く。彼女が彼の部屋に泊まらずにホテルを取っていたり、そもそも2人がそういう話を事前に話していなかったりと、カップルとして危うさを感じる再会。彼らの10年間の遠距離恋愛を疑うものも劇中登場するが、確かに非現実的なそれは、一方である意味現実的である。遠距離恋愛は、言ってしまえば一種の「信仰」に近い。会わない間も、最後にあった相手の像を想い続け(それは時と共に美化される)、日々の辛い出来事も相手を思えばまた頑張れる。すがるものがあるわけだ。だから、逆にその対象に会うことは現実に向き合うことであり、向き合わなければいつまで経っても失うことがない。それすら労力の消耗になるから、お互い何となく触れずにいる問題を先延ばしにし続けた。今回、雫がそれを解決しに行ったこと自体は画期的だったが、相手の聖司のキャラクター成長が見受けられないままだったことが少し残念である。

 全体的には捉え難い作品だったにせよ、役者の演技は真摯で、男女問わずアラサーに刺さる「夢追い問題」について触れた点でも興味深い作品だった実写版『耳をすませば』。原作およびアニメ映画の英題「Whisper of the Heart(心のささやき)」は、大人になってしまった私たちが今、自分でしっかり耳をすまして聞かなければいけないものだと痛感させられる。

■公開情報
『耳をすませば』
全国上映中
原作:柊あおい『耳をすませば』(集英社文庫<コミック版>刊)
出演:清野菜名、松坂桃李、山田裕貴、内田理央、安原琉那、中川翼、荒木飛羽、住友沙来、音尾琢真、松本まりか、中田圭祐、小林隆、森口瑤子、田中圭、近藤正臣
監督・脚本:平川雄一朗
主題歌:「翼をください」杏(ソニー・ミュージックレーベルズ)
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/松竹
©︎柊あおい/集英社©︎ 2022『耳をすませば』製作委員会
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