仲野太賀×草彅剛×伊藤沙莉の魂の芝居 『拾われた男』を120%楽しむための3つのポイント

 俳優・松尾諭が綴った自伝的エッセイをドラマ化した『拾われた男』が、10月11日から地上波(NHK総合)で再放送される。NHK BSプレミアムでの本放送終了後に筆者は「仲野太賀×草彅剛による渾身の芝居のラリー 『拾われた男』が刻みつけた一人の男の人生」というタイトルで「総論」を既に書いているので、本稿では、これから初めて視聴する方、そして改めて見返してみようと思っている方に向けて、本作品を楽しむための3つのポイントをご紹介したい。

“奇跡のコラボ”と“松尾諭愛”が叶えた、夢のような座組み

 NHKとディズニープラスによる共同制作という、非常に珍しいケースの企画である。しかし、そのおかげで本作品のクオリティがとてつもなく高まったことは間違いない。長年NHKが培ってきたドラマづくりにおけるノウハウと人脈。これに、大手配信サービスによる潤沢な予算が注がれて実現した本作品に、「ドラマって、ここまで自由に羽ばたけるものなのか」と驚いた。エンターテインメントの新たな指標を示した作品と言ってもいいだろう。

 キャストの豪華さやアメリカロケ敢行など、ぜいたくな「画作り」が目を引くが、もちろんそれのみにあらず。このドラマは「志」が集結した作品だ。井川遥や柄本明など、実際に松尾諭にゆかりのある俳優が本人役で出演しているのをはじめ、(ネタバレを避けて詳細は省くが)数々の名優がほんの「ちょい役」で出演していたりする。しかも全キャストがノリノリで演じているのが伝わってくる。「間違いなく面白い」という作品の力に加えて、この物語の動力でもある松尾諭の「愛され力」によるところも大きいのだろう。「松ちゃんのドラマなら」と快くオファーを受けた俳優がたくさんいることは想像に難くない。

 スタッフの陣営も鉄壁だ。朝ドラ『あまちゃん』(NHK総合)や大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(NHK総合)を手がけ、松尾諭の朝ドラデビュー作『てっぱん』(NHK総合)の演出もつとめた井上剛がメガホンを握る。最初に松尾諭の顔を全国に知らしめた朝ドラのチーフ演出が、11年の時を経て松尾の自伝的作品を撮る。実に胸熱ではないか。

 脚本をつとめるのは映画『百円の恋』などで知られる足立紳。相米慎二に師事した経歴と、映画監督としての顔も持つ彼による「映像のことを熟知している人」が書く脚本の美点が際立つ。足立が脚本を担当する2023年度後期の朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)への期待も、がぜん高まるというものだ。

 岩崎太整による、繊細で、心の深い部分に飛び込んでくるような劇伴も、大きな役割を果たしている。『dele』(テレビ朝日系)、『ワンダーウォール 劇場版』など、劇伴でありながら1枚のコンセプトアルバムのようなクオリティの音楽を提供するクリエイターだ。

映画好き・ドラマ好きにはたまらない“小ネタ”がたっぷり

 主人公・松戸諭(仲野太賀)は俳優を目指して兵庫県の実家から上京するが、なかなか芽が出ず、長きにわたる下積み時代を過ごす。その間に諭は“TSUTAYAに酷似した”ビデオ屋でバイトして生計を立てるのだが、そこで出会うバイト仲間たちの描写が、実に「モラトリアム期あるある」で楽しい(余談中の余談ですが、筆者も大学時代にビデオ屋でバイトをしていたので、この部分の描写には特にヤラれました)。映画監督志望、売れないお笑い芸人、オタク、厳しいバイトリーダー、魔性のサブカル美女……バイト仲間それぞれのキャラが屹立している。そしてこのビデオ屋での経験と出会いが、諭にとって「役者の糧」となっていく。

 ビデオ屋という設定が、1990年代終盤〜2010年代にかけてのエンタメ史、サブカル史を語る舞台としてもうってつけだ。映画好きなら思わず「グフッ」と笑ってしまうシーンや出演者が登場したり、松尾の過去出演作に“酷似した”数々の民放ドラマが出てきたりと、楽しい小ネタがたくさん散りばめられている。また、『ちりとてちん』(NHK総合)や『あまちゃん』に出演していたキャストの起用は、その役者の魅力の引き出し方を知り尽くした演出家・井上剛の人脈によるとも言えそうで、朝ドラ好きの視聴者はこちらにも注目されたし。

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