『夏へのトンネル、さよならの出口』が描く恋愛のリアル eillの歌声がヒットの鍵に

記憶の中の風景に共鳴する歌声

 eillの楽曲は『夏トン』の世界観を踏襲しながら、カオルやあんずの心の機微を映し出す役割を十分に担っている。一方で、eillの持つ色はそのまま「キャラクターの歌」には決してならない。彼女の歌声の特性なのか、はたまた、踏切の音をはじめとした街中のサンプル音が織りなすギミックの仕業か。eillの楽曲は、キャラクターの心情の独白のためのツールではなく、不思議と私たちの日常の記憶に自然に溶け込んでくる。

 共同戦線をきっかけに、心の距離を縮めていく2人に寄り添うように情景を彩る「プレロマンス」では、何かが始まる5秒前のような特別な高揚感が聴く側の心の琴線に触れる。そこには「この感覚、知ってる」と本能的に感じる新しい出会いの予感に胸を躍らせた瞬間の煌めきを思い出してしまうほどの、懐かしさがあった。

eill | プレロマンス(Official Lyric Video)

 確かに知っているはずなのにずっと失われていた大切な記憶が、eillの歌い上げるエモーショナルな旋律によって次々と断片的に蘇っていく。我々が映像と楽曲を通して過去の記憶の中に深くリンクする様子はまるでウラシマトンネルの見せる夢のようでもある。eillの歌声に手を引かれ、『夏トン』をくぐり抜けた先に残る感情を見つめ直した時、この作品が改めて評価される理由がわかった気がした。

 エネルギーに満ちた夏が終わり、ほんのり冷たくなる風に淋しさを感じるこの季節にこそ『夏トン』を薦めたい。どことなく、夏に大切な何かを忘れてきてしまったような物足りなさを感じている人にこそ、eillの儚くも心地よい歌声が響くはずだ。

■公開情報
『夏へのトンネル、さよならの出口』
公開中
声の出演:鈴鹿央士、飯豊まりえ、畠中祐、小宮有紗、照井春佳、小山力也、小林星蘭
監督・脚本:田口智久
原作:八目迷
キャラクター原案・原作イラスト:くっか
キャラクターデザイン・総作画監督:矢吹智美
色彩設計:合田沙織
美術監督:畠山佑貴、栗林大貴
撮影監督:星名工
CG:チップチューン
編集:三嶋彰紀
音楽:富貴晴美
音響監督:飯田里樹
制作プロデューサー:松尾亮一郎 
アニメーション制作:CLAP
配給:ポニーキャニオン 
©2022 八目迷・小学館/映画『夏へのトンネル、さよならの出口』製作委員会
公式サイト:https://natsuton.com/
公式Twitter:https://twitter.com/natsuton_anime

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