『ちむどんどん』を観て思う『ハムレット』のセリフ “父不在”によって生まれた迷い

 “朝ドラ”ことNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』を観ていると『ハムレット』のセリフ「この世の関節が外れてしまった」を思い出す。デンマークの王子ハムレットは父である王が亡くなり、間もなく母が叔父と結婚し王の座を継いだことに承服できず、もやもやを抱えている。この状況は世界の秩序が守られていないと考えるのだ。デンマークはノルウェーと戦をしていて、領土をめぐって争いが続いている。

 戦後アメリカに統治され、その後日本に返還された沖縄を舞台にした『ちむどんどん』の世界にもどこか関節が外れたような、秩序が乱れたような気配を感じる。歩行者の通行側が変わり、通貨が変わったことからして、生活はずいぶん変わったことだろう。

 違和感は、主人公・暢子(黒島結菜)と彼女の家族や恋人・和彦(宮沢氷魚)の言動からも感じる。彼らはとてもマイペースで、観ていて「それでいいの?」と戸惑いを覚えることが多々ある。

 まず、長男・賢秀(竜星涼)が、働かず、借金と博打を繰り返していること、それを大目に見る母・優子(仲間由紀恵)。さらに、嫁ぎ先とそりが合わず、別居している良子(川口春奈)は、夫・博夫(山田裕貴)に親の説得を任せ、ようやく自分で行動したのは結婚して6、7年経った頃で、それまで婚家の行事にも参加していなかったようだ。いろいろ事情がはしょられているのかもしれないが、一般的な常識に囚われている側から見ると、自由でうらやましいような気もするし、そんなふうになかなか自由に振る舞えないと思ってしまうのだ。なぜ、自由に振る舞えないか、それは他者の目が気になるからだ。

 暢子は他者の目を気にしない。和彦との結婚を彼の母・重子(鈴木保奈美)に反対され、なんとか許してもらおうと、毎日、手作り弁当を作る。だが、本来、主人公の健気な努力に映るであろう暢子の行為はいささか度が過ぎて見える。

 「諦めない」「絶対おいしい」という暢子の信念は、彼女と当然結婚すると思い込んでいた智(前田公輝)にも似ている。ときを同じくして、第17週「あのとき食べたラフテーの」、突如として現れた権田(利重剛)率いる柄の悪い一団は、「アッラ・フォンターナ」に営業妨害を仕掛けてくる。彼らの場合、明らかに悪いことをしているのだが、自分の利益を追求し、断られても辞めないという点においては暢子と彼らは同じだ。

 これまでの朝ドラで、いや、朝ドラに限ったことでなく、主人公の行為と敵対する側の行為に違いがないかもしれないと思わせる物語はあっただろうか。以前、レビューで例にあげた、主人公が母国を滅ぼした国に復讐のため戦っていたら、その国を滅ぼしたのが母国であったことがわかるハードな子供向けアニメそのものではないか。(※1)

 個々の正義は、他者にそれを力づくで押し付けたとき、反転する。暢子が子供のとき、父が亡くなり東京に引き取られることになったものの、やっぱり家族で暮らしたくてドタキャンした。そのとき東京に迎える準備をしていた者の立場は?

 高校生のとき、紆余曲折を経て就職が決まり、その人たちが観に来た料理大会で優勝した暢子は、東京で料理人になりますと宣言した。就職先の人や紹介してくれた善一(山路和弘)の好意にどう報いた?

 東京でイタリア料理の修業をはじめたとき、自分のアイデアを勝手に取り入れた。お店の伝統を愛していた客の気持ちは?

 和彦と愛(飯豊まりえ)の結婚話が進むと、急に和彦への恋が燃え上がり、抑えられなくなる。愛が引いたから良かったものの、そうでなかったら修羅場だったろう。

 そして、いま、重子にお弁当を作り続け、困った顔する和彦に「間違ったことしてる?」と決して意思を曲げることがない。

 どうしてこうなったのか。暢子は他者の目を気にしないが、父の言葉に囚われている。賢三(大森南朋)は暢子が子供の頃、「自分の信じた道を行け」「正しいと信じた筋を通せば答えは必ずみつかるからよ」と教え込んでいた。ウークイの晩、母・優子は悲しい戦争体験を語り、子供たちに「幸せになることを諦めないでちょうだい」と言う。

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