『カムカム』なぜ安子は経歴を隠したのか? 母から娘へ祈りを込めた「おいしゅうなれ」

 暗闇で聞こえた声が真実の扉を開いた。『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)第109話の冒頭は、再会を暗示するようなシーンから始まる。2022年、キャスティングディレクターとして活躍するひなた(川栄李奈)は、NHKの小川未来(紺野まひる)と会う。未来はひなたに2024年度から始まる英語講座の講師をオファーする。

「父にしょっちゅう言われていたんです。『英語ならラジオで勉強すればいいのに』って。家族で“カムカム英語”を聴いていたんだそうです」
「平川先生の?」
「ええ。どこかの子連れのお母さんと一緒に」

 安子(上白石萌音)が大阪で出会った主婦の小川澄子(紺野まひる)。その孫である未来とひなたの時を超えた邂逅だった。時代はさかのぼって2003年のクリスマス。アニー・ヒラカワ(森山良子)がラジオのインタビューに答える。1925年、シアトル生まれの日系アメリカ人で、ワシントン州立大学で演劇を専攻。初めて観た映画は「『風と共に去りぬ』だったかしら」。1939年公開の名作を耳にしたパーソナリティの磯村吟(浜村淳)は、同年公開の初代桃山剣之介(尾上菊之助)による『棗黍之丞 仁義剣』を話題に出す。安子が稔(松村北斗)と観に行った思い出の映画だ。「ご覧になりましたか?」と尋ねる磯村は、アニーの様子がおかしいことに気付く。

 数週にわたって繰り広げられた“アニーは安子なのか問題”についにピリオドが打たれた。日本語で話し始めたアニー。「1939年、昭和14年に私は『棗黍之丞 仁義剣』を観ました。後に夫になる人と。大阪の映画館でした」。戸惑う磯村を前にアニーのモノローグは続く。結婚、夫の出征、娘を授かったこと、そして夫の戦死。「私は娘を連れて家を出ました。貧しくて苦労もしましたけれど、幸せでした。あの日、娘の額に傷をつけてしまうまでは」。その声はラジオを通して、岡山のるい(深津絵里)に届く。幼かったるいを連れて岡山に戻ったアニーだったが、一度狂い始めた運命の歯車が止まることはなかった。

 アニーはるいの名前を呼ぶ。あの日と同じように。

「お母さん、あれから何べんも考えたんよ。なんでこねえなことになってしもうたんじゃろうて。私ゃあ、ただるいと2人、当たりめえの暮らしがしたかっただけじゃのに」

 暗闇から聞こえる声は安子のものだった。言葉を絞り出すように「ただ消えてしまいてえと思うた。るいの前から消えることが、るいにしてやれるたった一つの詫び方で、そして祈り方じゃあ。そねえ思うた」。悲しみと後悔が堰を切ったようにあふれ、それら全てが祈りを込めた「おいしゅうなれ」に凝縮される。

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