ブルース・ウェインの完璧な成長物語 『ザ・バットマン』は野心的かつストイックな作品に

 治安最悪の街ゴッサムを、どけんかせんといかん! というわけで、若きブルース・ウェイン(ロバート・パティンソン)は、今日もコスチュームを身にまとい、バットマンとして悪党どもをシバき倒す。そんなある日、ゴッサム市長が変態殺人鬼リドラー(ポール・ダノ)に殺されてしまう。さらにリドラーは並々ならぬド根性で次から次へとゴッサムの要人たちを殺害していく。果たしてバットマン歴2年のウェインは、リドラーの凶行を止められるのか?

 本作『THE BATMAN-ザ・バットマン-』はサスペンス・ミステリー、あるいは探偵ノワール映画である。雨が降りしきる真っ暗なゴッサムを舞台に、探偵バットマンが悪を追う。その過程で謎の鍵を握る運命の女キャットウーマン(ゾーイ・クラヴィッツ)と出会い、黒社会の大物たちが絡んできて……物語は古典的なノワールの型に沿って進む。

 その一方で、90年代以降のサイコサスペンスからの影響も色濃い。極悪すぎるリドラーの犯行は、『セブン』(1995年)のジョン・ドゥや『SAW』(2004年~)シリーズのジグソウを彷彿とさせる。ただし、リドラーはフィジカル面が非常に弱いわりに、自ら頑張って物理で被害者を襲うので、その点が過去の猟奇キャラクター/劇場型犯罪者キャラとは一線を画す。この根性、見上げた男である(個人的にここのポイントが高い)。とはいえ、いわば様式美を丁寧に踏襲したものなので、既視感を感じるのも事実だ。それに、相手は言うて生身の殺人鬼1人なので、スーパーマンとドつきあったベン・アフレックの『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年)や、病院が爆発してトラックがひっくり返る『ダークナイト』(2008年)に比べると、やや地味にも見えてしまうだろう。

 しかし、それでも私は本作を特別な1本だと思う。まず驚くべきは、劇中で一切ボケなかったことだ。あの『ダークナイト』ですら、ブルース・ウェインの桁外れの金持ちっぷりを見せるギャグが散りばめられていたし、「だから言ったのに」という忘れがたい小粋なジョークがあった。対して本作は、こうしたユーモアを全て排除している。全世界公開の超大作で、ここまで徹底するのも珍しい。かつて『セブン』を監督したデヴィッド・フィンチャーは、同作公開時に「この映画を観に来た観客は生贄のひつじのようなものだ」と豪語したが、それを思い出させる(実際、リドラーの最初の殺人のシーンで劇場で「うわっ」と声が漏れてました)。突如として70年代の陰鬱な映画の雰囲気を再現させて、観客に不意打ちを入れた『ジョーカー』(2019年)と同じ野心がある。この点はすごく好感度が高い。

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