『恋せぬふたり』高橋一生の「ごめんなさい」が悲しく響く 咲子と羽の間に込められた愛情

 そして、アロマンティック・アセクシュアルを自認してからは、きっとこの家だけが世間から切り離して心を休ませてくれる場所になったはずだ。そう考えると、羽にとってこの家は守り続けたい場所であると同時に、ここから出ることなどできないと自分自身を縛り付けている場所になっているのかもしれない。

 そんな羽の隠れ家のような高橋家の門扉が、開かれた数は決して多くない。そして、そのうちの1人が遥(菊池亜希子)だった。それも祖母の一声があったからこそなのだが……。そして、遥と咲子が偶然繋がってしまったことが、羽をひどく動揺させていた。

 かつて、遥は羽に恋愛対象として好印象を抱いていた。そして羽がアロマンティック・アセクシュアルであることを知らない祖母は、遥を見て大いに喜んだに違いない。孫がついに結婚するかもしれない、と。

 普通の結婚をして、普通に子どもが生まれて、普通の家庭を築いてくれる。そう期待されていたのは、羽も気づいていたはずだ。できることなら自分を育ててくれた唯一の家族である祖母の希望に応えたい。だからこそ、遥に促されるまま結婚指輪をはめようとまでしたのだ。

 きっと指輪を持ったときの羽の手の震えは、ひとつの感情では整理のつかないものだったはず。単純に他者と接触することへの嫌悪もあっただろう。そして祖母の期待に応えたい気持ちや、遥へ本音を告げられない申し訳なさ、そして自分を偽りきれない心苦しさ……と、複雑な思いをすべて飲みこんで絞り出した「ごめんなさい」が悲しく響いた。

 もしかしたら人によっては周囲の期待を受けて、自分の人生の新たな扉を開くきっかけを掴む場合もあるだろう。でも、羽はそうではなかった。むしろ、それほど大事に思っている祖母の期待を受けたとしても、自分の中にあるその扉の先に誰かを迎え入れることはできないと確信せずにはいられなかったのだ。

 それは「そろそろいいんじゃない?」と、誰かに急かされてどうにかなるものでもない。そして、誰が悪いわけでもない。ただ、羽にとってはそれが「無理」なこと。それだけだ。なのに、多くの人にはきっと理解されないだろうと、羽が自分に素直になるだけで「ごめんなさい」と謝らなければならないと思っているのが辛い。

 羽が、野菜王国の夢を叶えるために、この家を出るのか。または、野菜好きを趣味に割り切って、このまま咲子と“家族(仮)”に取り組んでいくのか。あるいは、まだ私たちが想像もしていない結末を迎えるのか。いずれにしても羽が、そして咲子が、どんな人生を選択をするのか、その思いを語りたいと思ったタイミングをそっと“待つ”のみだ。

■放送情報
よるドラ『恋せぬふたり』(全8回)
NHK総合にて放送
第8話:3月21日(月・祝)22:45〜23:15
出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香那、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥平
写真提供=NHK

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