『キングスマン:ファースト・エージェント』の戦争描写から考える、シリーズ全体の本質

 さて、重要な要素として配置されているはずの第一次大戦は、本作でどのような意味を持っていたのだろうか。オーランドやコンラッド、屋敷の使用人たちで構成されたオックスフォード家は戦争終結のために、裏で諜報や暗殺のミッションをこなしていくこととなる。これが、後の組織「キングスマン」となっていくのである。その過程に、オックスフォード親子二代にわたる軍の戦闘での経験と、それを通した思想が反映されているのだ。

 オーランドが劇中ではっきりと述べているのは、“国のために命を捧げるのが愛国心”という考え方が欺瞞だという主張だ。本作の塹壕戦で、末端の兵士たちが上官に脅されながら、近代兵器が待ち構える死地へと向かわされ次々に物言わぬ死体となっていったように、とくに第一次大戦以降の“戦争”とは、「名誉の戦い」とは到底言うことのできない、大規模な死を生む惨状を指す言葉となっている。国家は市民によって繁栄するものであり、多数の市民を犠牲にしてまで国家を成り立たせるというのは本末転倒な考え方ではないのか。その矛盾を本作は、オーランドの苦悩として表現し、その先の彼の進んでいく道を示唆することになるのだ。

 ベテラン俳優のトム・ホランダーが、驚くことに一人三役で演じるのは、イギリス国王と、ドイツとロシアの皇帝である。彼らは親戚の関係にありながら、悪の組織の奸計によって仲違いし、個人的な感情のまま大規模な戦争へと突き進んでいく。もちろんその経緯は史実と異なるが、国家間の争いが、少人数の特権階級の意志や感情によって決定されてしまう場合が多いということ自体は事実である。そして本作でも描かれているように、それは多くの人々を死に至らしめる悲劇をもたらすのだ。

 多くのスパイ映画に影響を与えた『007』シリーズのジェームズ・ボンドは、もともとはソ連の諜報組織と戦う“冷戦下のヒーロー”だった。その後、世界的犯罪組織との戦いに身を投じることになるが、世界大戦のように国を挙げた戦いがひと度起こり、空気が戦争一色となった場合、政府の人間であるボンドは、基本的に上層部の命令に従う立場にある。一方でオーランドは、最初から政府の意向とは異なる方向で行動できるという点が、ボンドと根本的に異なるところだ。

 つまり、オーランドの思想が反映された秘密組織「キングスマン」とは、自分たちの高貴で“ジェントル”な意志により、国の方針が間違っていたとしても、独自に真の愛国心を貫くことが可能な組織ということなのだ。その点において「キングスマン」は多くスパイ映画のうちで圧倒的に、ヒーローとして応援のしやすい、より現代的な存在だといえよう。

 アメリカのメディア「The Hollywood Reporter」によると、本作『キングスマン:ファースト・エージェント』は、現代のエージェントたちを描く『キングスマン』の本来のシリーズとは別に、シリーズ化される予定があるという。実現されるとすれば、エグジーたちが活躍する『キングスマン』第3作の次に公開されることになる。また別に、アメリカのエージェントを主人公とした『ステイツマン』映像化企画もあるらしく、これはまさに“『キングスマン』ユニバース”と言ってよいスケールの構想である。

 いまのところ全てのシリーズを自身で手がけているマシュー・ヴォーン監督が、このまま『キングスマン』の世界に没頭していく考えがある時点で、彼のシリーズへの思い入れは、かなりのものだということが理解できる。それはやはり「キングスマン」という存在に、これまでの自作のなかでもとくに芯の通った強さを感じているということだろう。それが本作で強調された、現代的なスパイ映画としての組織の在り方が影響しているだろうことは、想像に難くない。

■公開情報
『キングスマン:ファースト・エージェント』
全国公開中
監督:マシュー・ヴォーン
出演:レイフ・ファインズ、ハリス・ディキンソン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movie/kingsman_fa.html

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