ハリウッドで一番“いい人”? トム・ハンクス、配信作品で見せる輝きと円熟
「今ハリウッドで活躍している、一番“いい人だと思う”スターって誰?」
もしそんな質問をされたとしたら、貴方は一体誰の名前を挙げるだろう。それこそ90年代頃までとは異なり、今やかつての様に「名前だけでお客を呼べる大スター」という存在が過去の物となりつつある中で、「カッコいい」「セクシー」「アクションができる」などと言った従来の「大スターの条件」に当てはまらなくとも、その卓越した演技力とチャーミングな人柄で世界を魅了し、今も昔も変わらずハリウッド屈指の「いい人」として輝き続ける大スターがいる。トム・ハンクスだ。
1984年に出演した人魚ファンタジー『スプラッシュ』でブレイクして以来、その後は『ビッグ』(1988年)、『めぐり逢えたら』(1993年)、『ダ・ヴィンチ・コード』(2006年)など、各年代で数多くの大ヒット作を放ち続け、さらには『フィラデルフィア』(1993年)、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)と2年連続でアカデミー賞主演男優賞を受賞するなど、ハリウッドを代表する名優として映画史に名を刻む存在となったハンクスだが、彼ほどプライベートでも昔から変わらず「いい人」ぶりが伝えられるスターは、本当に珍しい(キアヌ・リーブス、ヒュー・ジャックマン、ライアン・レイノルズといった、善き人であり続ける「後輩」は、何人か思いつくが)。
論より証拠。試しに検索サイトで「トム・ハンクス いい人」もしくは「Tom Hanks The Nicest Guy」とキーワードを入れてみてほしい。もう溢れかえるほどに彼の「いい人」ぶりを証明するエピソードが上がってくるはずだ(ついでに時間がある方は、ぜひ「トム・ハンクス 落とし物」というキーワードでも検索を。彼の「ちょっと変わった人」ぶりも窺えて、結構笑えます)。
しかし一方で、日頃より劇場へ足繫く通っている洋画ファンの方々も、ふとこんなことを思ったりしたことはないだろうか。
「あれ? そう言えば最近、トム・ハンクスの映画ってあまり観なくなったかも……」
それも無理はない。ハンクスの主演作は2017年のスティーヴン・スピルバーグ監督『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』以降、おもちゃのウディ役で声の出演を担当した『トイ・ストーリー4』と、アメリカで有名な子供番組の司会者を演じたドラマ『幸せへのまわり道』を除き、日本では劇場で公開されていないのだ。
実はその間、ハンクスの主演作は2020年から2021年までに計3本も作られているが、いずれも昨今のコロナ禍の影響を被ったことにより、本来は決まっていた劇場公開が見送られて、それぞれApple TV+とNetflixでの配信扱いとなってしまっている。しかも彼のファンとしては口惜しいことに、この3本はそれぞれ異なるジャンル(戦争ドラマ、西部劇、近未来SF)の大作として、いずれも実に素晴らしい出来なのだ。
洋画ファンの中には「映画は劇場で観なくては!」というこだわりがある人が多いのも分かるが、ここはぜひ各配信サイト限定の「見逃すには惜し過ぎる」ハンクス主演の3作品を鑑賞して頂きたい。65歳を迎えたハンクスが魅せる、決して衰えを感じさせない「円熟期」を感じさせる仕事ぶりに、改めて「この人、凄い!」と惚れ直してしまうはずだ。
『グレイハウンド』(Apple TV+)
第二次世界大戦下の海洋上で、ドイツ潜水艦の狼煙にさらされた連合国の輸送船団を指揮するアメリカ海軍司令官の苦悩と決断を描いた、実話ベースの戦争ドラマ。歴史マニアとしても知られるハンクスが自ら脚本と主演を務め、実際の戦争時の海軍戦術や駆逐艦での生活を隅々まで再現したリアリティに圧倒されるが、この手の「戦争大作」にありがちな重々しい内容を覚悟して見始めると、恐らく良い意味で「あれ? 思っていたのと違うかも……」と感じるだろう。
それもそのはず、本作はエンドロールまでも含めて約90分という、今どきの映画では珍しい短尺で、対峙するアメリカ軍駆逐艦とドイツ軍潜水艦の「水面下での探り合い」に焦点を絞り切った、極めてソリッドな内容の海戦スリラーなのだ。
駆逐艦での指揮が初任務となり、当初は乗組員との信頼が全く築けていない状況下で、ハンクス扮する司令官が戦闘中に何を「選択」するのか、そしてどんな事態が待ち受けているか予想できないまま、海の下での敵側の反応を、固唾を呑んで見守る緊張感。そこから荒波の中に放り込まれたかのような混乱が生じる海洋戦の凄まじい迫力に圧倒され、終わった後には乗組員と共に本物の試練を乗り切ったような余韻で、クタクタになってしまうはずだ。また本作は劇場での「体感」が前提で構築されたことが明らかに分かる映像と音響設計なので、鑑賞の際は極力大音量&大画面で、腹の奥に響く機雷の爆発音や波しぶきの臨場感を感じてほしい。