『カムカムエヴリバディ』“1948年”は重要な分岐点に 安子の中に生き続ける稔の願い

「Why did he have to die?(どうして彼は死ななくてはならなかったの?)」

 稔(松村北斗)を待ち続け、思い続けた安子(上白石萌音)が絞り出すような声で叫ぶ。『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)第6週「1948」は、放送開始以来初めて1年間のエピソードにまるごと一週を費やした。終戦から3年、娘のるい(中野翠咲)と2人で生き延びるのに精一杯で、内にしまい込んでいた安子の葛藤が一気に吹き出したシーンに、息を呑んだ。

 第5週が「1946-1948」、第7週が「1948-1951」なので、「1948年」は実質3週にまたがって描かれることになる。駆け足で展開する本作品の中にあって、この年が「安子編」の重要な分岐点ということだろう。制作統括の堀之内礼二郎は、自身のTwitterで「取材をしていると、辛かったのは戦時中より戦後だったという証言を多く目にします」と述べている。終戦後も人々の傷は、癒えるどころか深まっていく一方だったのだろう。愛する者と安寧な生活を奪われたうえに、飢えと貧困、そして混乱がエンドレスに続く。それでも時は過ぎていく。

 事故でるいの額に一生残る傷を負わせてしまい、大阪から岡山に連れ戻された安子。「一生消えない」のは、すなわち安子の後悔と自責も同じだ。雉真の家で食べるに困らず暮らせる身であっても、せめてるいの治療費だけは自分の手で稼ぎたいと、安子はおはぎを売り続ける。しかしそのうちに、なぜおはぎを作り続けるのか、なぜ英語を勉強し続けるのかさえもわからなくなるほど追い込まれていた。そんな中、安子は進駐軍の将校・ロバート(村雨辰剛)と出会い、初めて英語で会話して通じ合える喜びを知る。

 ロバートに「なぜ英語を勉強し続けるのか」と問われて、英語で語りはじめながら、安子は初めて自己と向き合う。そして改めて、未来への希望を胸に志半ばで死ななければならなかった稔への思いと、戦争への憎しみが押し寄せる。やり場のない慟哭が安子の口からこぼれた。英語だから、ずっと秘めていた思いが溢れたのだろう。英語は稔との合言葉だった。もしかしたら安子はこの3年間ずっと心の中で、もう会えない稔に英語で話しかけていたのかもしれない。そしてこの瞬間から、安子は初めて稔の死を受け入れたのだろう。

 ロバートにいざなわれ、将校クラブのクリスマスパーティーの会場へと赴いた安子は、戦勝国の圧倒的な国力と豊かさを見せつけられる。「何で私ゅう、こけえ連れてきたんですか?」。怒りを露わにする安子の耳に聴こえてきたのは、戦没者の魂を鎮める「Silent Night(きよしこの夜)」だった。

 ロバートは死別した妻の話を静かに語りはじめた。彼の妻は弟を戦争で亡くし、その心労が祟って持病の心臓病を悪くして亡くなったという。安子の父・金太(甲本雅裕)と同じ、間接的な“戦死”だったのだ。安子が彼と道で偶然出会った日には「米軍の将校」であることしかわからなかった青年にも、話してみればこんな背景がある。広い世界の中、クローズアップしてみれば一人ひとりの人生がある。戦争は、いずれも加害者で、いずれも被害者だ。これも、安子が稔の置き土産である英語を学び続けていなければ知り得なかったことだ。語学とは、相互理解のためにある。

 また、「戦後の日本人」と一口に言ってもその傷のかたちは様々、立ち直るスピードも様々だ。『カムカム英語』のオープニングで「アメリカのクリスマス」を紹介する平川唯一(さだまさし)の優しい語り口に乗せて、雉真家、水田家の人々の表情が映し出される。稔の戦死から3年間、床に臥したままの美都里(YOU)は未だ暗闇から抜け出せずにいる。千吉(段田安則)と勇(村上虹郎)は雉真繊維の建て直しに奔走する日々だが、息子、兄を失った悲しみは癒えていないはずだ。勇は戦地での体験を決して口にしたがらない。膝を抱えて寂しく母の帰りを待つるいは、この幼さにして孤独を知ってしまった。きぬ(小野花梨)の両親、卯平(浅越ゴエ)と花子(小牧芽美)は笑顔で豆腐を作る毎日だが、戦中の栄養失調が祟って体を壊している。

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