恋愛映画から不良漫画まで なぜ“ファミレス”が物語の舞台に選ばれるのか?

 最近では『夢中さ、きみに。』(KADOKAWA)や『女の園の星』(祥伝社)といった作品で知られる漫画家・和山やまが、月刊コミックビームで『ファミレス行こ。』という漫画を2020年末から不定期連載している。

 本作は和山の出世作となった『カラオケ行こ!』(KADOKAWA)の続編的な物語で、ファミレスでアルバイトする大学生の視点を通して、深夜のファミレスに集う怪しげな客たちの姿が描かれている。

 真夜中に人々が集う場所には秘密の物語が生まれるものだが、まさにファミレスはそういう場所だ。言うなれば、日常と非日常が交差する空間である。

 そんなファミレスに漂う空気を生かして、ファンタジックでありながら現代的な物語となっていたのが村上春樹の小説『アフターダーク』(講談社)だ。

 深夜のファミレスで本を読んでいる女に男が話しかけるところから始まる本作は、「私たち」という独自の人称によって語られる群像劇。

 劇中ではある夜に起きた様々な出来事が描かれ、残酷な場面も登場する。日常のすぐ側に異界があるという感覚を描けたのは、ファミレスが舞台だったからだろう。 

 様々な物語が生まれるプラットフォームとしてファミレスが選ばれるのは、深夜まで営業していることが大きい。だが、近年では働き方改革や人手不足の影響もあり、24時間営業のファミレスは減少しつつある。コロナ禍はその流れをより加速させており、2004年に刊行された『アフターダーク』にあった夜の世界の禍々しさや、『コントが始まる』で描かれた深夜に友達や恋人と集う秘密基地としてのファミレスという感覚は、今となっては懐かしく感じる。

 2010年代後半を舞台にした『はな恋』はそのことにとても自覚的な作品だった。少し前まで存在していたが、現在は失われつつある風景を掬い上げたからこそ、多くの観客に支持されたのだろう。

 物語を生み出す深夜のファミレスが、今後どう変質していくのかはコロナ禍が終わるまでわからない。だが、家族連れも学生も何の仕事をしているのかわからない胡散臭い人も同じように利用することで複数の物語が交差していく場としてのファミレスは、今後も続いていくだろう。

 本当に面白いことは、ファミレスのような身近な場所で起こっているのだ。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

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