立川シネマシティ・遠山武志の“娯楽の設計”第45回

映画を映画館で観る意味とは? コロナ禍でより鮮明化した“他者”と“暗闇”の重要性

暗闇が醸し出すプライベート感

 そして僕が映画館ならではのユニークさだと感じているのが、暗闇が醸し出すプライベート感です。似ていますが、実際にステージに生身の人間がいる舞台なんかは、暗くてもプライベート感は感じにくい。途中で何度か拍手したりもあるし。

 でも映画館で、それもあまり混雑していないと、暗闇は余計なものを覆ってくれます。外部から遮断され、思考は内へと向かう。他者がいる、パブリックな空間でありながら、映画が始まるとプライベート感もある。このハイブリッド空間こそ、映画館という装置の魅力の本質である、と僕は確信しています。緊張と緩和のバランス。これが作品鑑賞にとって非常に有益な効果をもたらすことが、映画館が100年以上存続し続けている秘密ではないでしょうか。

 50年前、70年前と遡れば、今では信じられないくらい映画館の音は貧弱でノイズだらけで、映像はぼやっとしてくすんでいましたが、今よりもずっと人々は映画館に夢中でした。それこそが魅力の本質が別にあった証左でしょう。

 いきなり話が変わりますが、映画作品の評価についてどう思いますか?
 映画が面白いとか面白くないというのは、どこで決まるのでしょう? それは作品の力でしょうか。もちろん、それは大きな要素です。名作、傑作と言われる作品はより多くの人に感銘を与える力があります。しかしどんな優れた作品にも寿命はあると思いませんか。

 例えばマルセル・カルネの『天井桟敷の人々』、これはかつて、世界中の映画のオールタイムベストで、『市民ケーン』なんかと並んで常にベスト3くらいにはランクインされてきた名作中の名作です。しかしその世界最高の傑作を現在の若者が観て、人生が変わるほどの何かしらを感じられるでしょうか。おそらくムリでしょう。あるいは『風と共に去りぬ』や『ダンボ』や『ピーター・パン』など60年代、50年代のディズニーアニメのように、名作と謳われてきた作品でも、人種差別意識などの変遷から、かつてと同じ評価を受け続けることができなくなる作品が出てくる可能性もあります。

作品の評価は「鑑賞点の時空間座標」に左右される

 僕は映画に限らず、作品というものの評価は、作品力そのものだけでなく「鑑賞点の時空間座標」に大きく左右されるものだと考えています。

 鑑賞した場所と時間。この場合の空間座標は、単に物理的な位置というだけでなく、周囲の状況や誰といたかなども含む、位置です。位置にはやや拡大解釈ですが観た方法も含まれます。そしてこの場合の時間座標は、いわゆるクロノス時間(物理的時間)/カイロス時間(感覚的時間)で言えば、カイロス時間的であり、さらに鑑賞者の年齢、ライフステージの段階、知識や経験の量、加えてその作品の経年までもを含む時間座標です。ちょっと複雑すぎますが。

 意味を正確に取りづらいと思いますので、わかりやすくしてみます。

「やたらと砂漠のシーンが多くて、人物の表情が小さくて見づらい。よくわかんなくて退屈すぎで途中脱落www」

 このレビューの最後にはこう書かれていたとしましょう。

(『アラビアのロレンス』iPhoneで鑑賞/通勤中の電車内で8回に分けて)

 オールド映画ファンを激怒させる要素満載ですね。さすがの雄大なる名作も極小画面内では戦いようがありません。

 これは架空レビューですが、全然あるあるレベルのものだと思います。そして、この例で示したように、作品力というものも「作品評価座標系」のひとつでしかないということです。絶対名作/駄作というのは人間の本性上、あり得ません。どう観たか、どこで観たか、いつ観たかが、作品力を超えて影響してしまうのです。

 だいぶ遠回りしましたが、話題は帰ってきます。映画の鑑賞の質を上げたい、つまりもっと楽しみたいとするならば、この「鑑賞座標点」のクオリティを高めることです。ただ観るのではなく、より良く観ること。時間の座標のほうをどうにかするのはなかなか難しくても、空間座標はずっと楽に高められます。

 そう、そのもっとも効果的で容易な方法こそ、映画館で鑑賞することでしょう。そこには心を集中させ、内側に向けさせる装置があり、創造された世界により没入させるための、音や色彩を鮮やかに送り出す機器が備えられています。

 映画館はかつて「大衆娯楽の王様」と謳われましたが、そんな季節は過ぎ去って、これからは「ファンのための神殿」へとその性格を強めていくでしょう。利便性とコストパフォーマンスという武器を両手に、動画配信サービスは世界中の多くの映画館を駆逐することでしょう。

 しかし全滅させることはできない。それどころか、競争の中で自社のオリジナルコンテンツ制作のクオリティを高めていけばいくほど、その作品たちは映画館を希求するようになります。たとえ「映画」という概念が意味をなさなくなった後でも。ここまで読んでくださった方なら、きっと同意してくださるのではないかと思います。

 まだまだ語り足りませんが、十分に長くなりすぎたので。今回はこのあたりで。

 映画を映画館で観る意味とは? 人は日常には居続けられない。それが本質的な答え。だからきっとこの先も、この仕事を続けていける。もっと遥か高みに飛ばせられる、カタパルトを目指して。

 You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)

■遠山武志
立川シネマシティを全国に知らしめた【極上音響上映】をヒットさせ、日本の映画館音響に決定的な影響を与える。音響に限らず映画館ビジネスをリデザインし続けている。

■立川シネマシティ
映画館らしくない遊び心のある空間を目指し、最高のクリエイターが集結し完成させた映画館。音響・音質にこだわっており、「極上音響上映」「極上爆音上映」は多くの映画ファンの支持を得ている。

『シネマ・ワン』
住所:東京都立川市曙町2ー8ー5
JR立川駅より徒歩5分、多摩モノレール立川北駅より徒歩3分
『シネマ・ツー』
住所:東京都立川市曙町2ー42ー26
JR立川駅より徒歩6分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分
公式サイト:http://cinemacity.co.jp/

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