『人形の家』『マットン婆さん』など、『おちょやん』の緻密に練られた劇中劇を紐解く

 空襲で瓦礫と化した道頓堀。千代(杉咲花)は稽古場の焼け跡で猫を相手にひとり芝居をして、このまま芝居ができなくなってしまうことを恐れていた。希望が見えないほどつらく、苦しいときに千代は芝居によって励まされ、救われてきたのだった。『おちょやん』(NHK総合)の第89話では、終戦を迎えた日に自宅前の路地でうずくまった千代が『人形の家』の台詞を口にすることで自らを奮い立たせたシーンが大きな反響を呼んだ。

「私はただ、しようと思うことは是非しなくちゃならないと思っているばかりです」

 言い慣れた台詞に力がこもっていく。

「私には神聖な義務がほかにあります」
「私自身に対する義務ですよ」

 高城百合子(井川遥)に憧れて初めて芝居に興味を持った子供の頃の千代は『人形の家』の台本をもらったものの、文字が読めなかった。台詞を読みたい一心で、一平(中須翔真/成田凌)にふりがなを振って読み方を教えてもらったイプセンの戯曲は千代にとって特別な意味を持つ作品だ。

「何より第一に、おまえは妻であり、母である」
「何よりも第一に、私は人間です。ちょうどあなたと同じ人間です。少なくともこれからそうなろうとしているところです」
「これから一生懸命わかろうと思います。社会と、私と、どちらが正しいのか、決めなくてはなりませんから!」

 晴れ渡った真夏の空の下、千代が大きな声で台詞を話せる喜びを実感しているところに一平も部屋から出てきて、同じように堂々と声を張って台詞を口にする。「懐かしいなぁ。おまえが初めて観た高城百合子さんの芝居やな」と千代に言うと「うちの原点だす」と千代はキッパリと答えた。

 本作では、登場人物たちが演じる劇中劇の台詞が彼らの本心を雄弁に物語り、その名シーンが見どころにもなっている。月曜日から金曜日までの放送で週の中頃には「修復不可能?」「千代はどうなる?」などと予測もできない波乱が巻き起こるが、金曜日に劇中劇が入ることで涙の後に笑いと感動の余韻を持ってくる。この第18週では、その見事な構成と緻密な脚本の素晴らしさが際立ち、千代が台詞を話すことで解放感を味わった『人形の家』と第90話で戦後やっと集まった家庭劇の劇団員たちで演じた『マットン婆さん』の魅力を再認識することができた。