『おちょやん』で話題の“世界の喜劇王” チャップリンと日本の深い縁を自伝から探る

 まさにその日に起きたのが、歴史の教科書などで習う「五・一五事件」である。青年将校たちによる犬飼毅暗殺。実はチャップリン自身も、その標的として狙われていたのだ。チャップリンを暗殺すれば、日米開戦に持ち込めるというねらいがあったとのことで、前述の自伝のなかには直後に訪れた事件現場の様子も記述されている。そのような命の危険にさらされながらもチャップリンは日本観光をつづけ、歌舞伎や芸者、茶の湯など日本の文化に触れ魅了され、えび天を36尾食べ、6月2日に横浜港から氷川丸に乗り込み帰路に就くのである。

 と、ここでようやく『おちょやん』の話へとつながる。この初来日のタイミングでチャップリンが道頓堀に滞在したことを確認できる資料はないが、都内の演劇場で万太郎のモデルとされる曾我廼家五郎の楽屋を訪れたということはよく知られている。つまり、この第14週で描かれたエピソードにおいて“世界の喜劇王”たるチャップリンの存在は、ある種のトリガーにすぎないということだろう。あくまでも、万太郎と千之助という道頓堀を代表する2人の“喜劇王”の関係性を深堀りし、松竹家庭劇(劇中では鶴亀家庭劇)を代表する作品となる『丘の一本杉』の誕生へとつなげるねらいがあったと考えられるわけだ。

NHK連続テレビ小説『おちょやん』(写真提供=NHK)

 さて、チャップリンはこの1932年の後も何度か来日を果たしている。2度目と3度目は『モダン・タイムス』がアメリカで公開された直後であり、4度目は1962年のことだ。この10年前にチャップリンはアメリカを追われ、スイスに移住している。60年代の後半、ベトナム戦争が激化するなかでアメリカ国内の政治的な動きは大きく変わり、チャップリンを再評価する機運が急激に高まる。そして1972年にアカデミー賞名誉賞を受賞し、チャップリンとハリウッドは事実上和解する。ここではじめて、サイレント期の映画スターの1人だったチャップリンが、映画史における極めて重要な人物、正真正銘の“喜劇王”としての地位を不動のものにしたといえるだろう。

 それからチャップリンが後世に与えた影響については、改めて言及するのも無粋に思えるほど計り知れない。初期の作品から一貫して演者の動作を以って体現されていくスタイルに、喜劇であり悲劇でもあり、またアクションでもある娯楽性の高さと、そこに込められた社会的風刺の価値。もちろんジャン・ピエール=メルヴィルから周防正行にいたるまで、影響を受けた映画人も挙げればキリがないだろう。もっぱら喜劇の舞台で頭角を現し、のちに映画女優として一時代を築く浪花千栄子をモデルにした『おちょやん』という作品においても例外ではない。チャップリンは明確に現代にもつながる映画の礎として、避けては通れない存在なのだ。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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