『エール』藤堂先生に福島三羽烏が送った「暁に祈る」 作詞家・作曲家が込めた音楽への願い

 まっすぐな人柄が魅力的だった智彦(奥野瑛太)が陸軍内での体面を気にする姿、しきりに「お国のため」と口にする吟(松井玲奈)、そして教師を辞め、戦地に赴く藤堂(森山直太朗)と家族の決意――『エール』(NHK総合)第15週「先生のうた」では、戦争の火種がくすぶる日本の不穏な空気が至るところに散りばめられた。

 戦争の足音は、純粋に音楽を愛する裕一(窪田正孝)や鉄男(中村蒼)のところにも聞こえてくる。愛馬精神を啓蒙する楽曲制作を依頼された裕一は、作詞に息詰まる鉄男と共に故郷の福島を訪れた。そんな2人に届いた、恩師の藤堂が出征するという思わぬ報せ。「俺のことを思って、書いてみてくれないか」という藤堂の言葉を頼りに、鉄男は「暁に祈る」を書き上げた。

〈手柄頼むと 妻や子が/ちぎれるほどに振った旗/遠い雲間に また浮かぶ〉

 その曲は、紛れもなく妻・昌子(堀内敬子)と幼子を残して出征する藤堂に捧げたもの。久志(山崎育三郎)に歌う楽しさを教えてくれた、作詞を諦めるなと鉄男の背中を押してくれた、裕一の得意なものを見つけてくれた……。数え切れないほどの“エール”を送ってくれた藤堂に、福島三羽ガラスが送り返す“エール”だ。

 馬というワードは一度しか登場しないが、東堂が言ったように、たった1人に向けられた曲は多くの人の心に刺さる。昭和15年に発売された「暁に祈る」は大ヒットし、兵隊の見送りといえば“暁”と称されるまでに。久志は曲が主題歌に起用された映画にまで出演、鉄男も無事に売れっ子作詞家として名を馳せる。しかし、「出征したら生きては帰らないという覚悟を感じさせる」という称賛に鉄男は手放しに喜べない。大切な人を想って作ったはずの曲が、その人間に死を覚悟させてしまう。表立って生きて帰ってきてほしいとは、口に出せない時代。矛盾に晒された当時の作詞家・作曲家は、密かな願いを音楽の中に隠していたのだろうか。

 重苦しい空気の中、お茶の間を癒してくれたのは先週に引き続き登場した梅(森七菜)と五郎(岡部大)だ。五郎は馬具職人として立派に働き、岩城(吉原光夫)から少しずつ認められるようになっていた。夜中も1人きりで頑張る五郎の頬にそっと口づける梅。その幸せそうな姿に心安らぐ。幼い頃から奉公に出されていた五郎も、ようやく居場所を見つけることができたのだ。

 ただ音と裕一、梅と五郎の夫婦を見ると、余計に吟と智彦の様子が気になる。まさか生き生きと輝いていた吟の表情から笑顔が消え、これまで応援してきた音と対立することになるとは。吟の「こんな時期に音楽教室なんて何の役にも立たんでしょう」という言葉に、文化芸術が軽視されたコロナ禍の現代と重ね合わせた人もいるのではないだろうか。

 窮地に陥ると、人は娯楽とみなす文化芸術に冷めた視線を向けがちだ。昭和16年12月に太平洋戦争が勃発すると、その傾向はより顕著に現れる。第16週「不協和音」では、音が戦意高揚を目的とした“音楽挺身隊”に参加。一方、裕一はニュース歌謡にも携わるようになり、2人は本格的に戦争に飲み込まれていく。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、薬師丸ひろ子、菊池桃子、光石研、中村蒼、山崎育三郎、森山直太朗、佐久本宝、松井玲奈、森七菜、柴咲コウ、風間杜夫、唐沢寿明ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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