『冴えない彼女の育てかた Fine』が描く創作活動の熱意 妄想にまみれた中に見える確かな現実
「少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。」
太宰治の『チャンス』に出てくる言葉だ。『冴えない彼女の育てかた Fine』というライトノベル原作のアニメ作品に、純文学作家である太宰治の言葉を連想したことを意外に感じるかもしれない。しかし本作を一言で表すならば、この言葉が適しているのではないか。今回は本シリーズの魅力と描かれてきた意志について考えていきたい。
『冴えない彼女の育てかた』は2012年に原作1巻が発売され、フジテレビノイタミナ枠にて2度のテレビアニメ化も果たしている。主人公の高校生、安芸倫也が魅力的な女子キャラクターに囲まれながら、同人ゲーム制作にまい進するさまと恋愛の進展を描いた物語だ。原作者の丸戸史明はゲームのシナリオライターとしても活躍しており、テレビシリーズのシリーズ構成や劇場版の脚本を務めている。
イギリス人の父を持つ金髪ツインテールが印象的な幼馴染の澤村・スペンサー・英梨々、女子高生小説家としても活躍する上級生、霞ヶ丘詩羽などの個性的なキャラクターが倫也の心を射止めようと奔走する本作。しかし、最大の特徴はメインヒロインである加藤恵の存在だ。他のヒロインはアニメ的に記号化されたようなキャラクターであるのに対して、恵はとりたてて語ることのない影の薄い少女とされている。その特徴は名前にも表れており、スペンサーというミドルネームや、霞ヶ丘という個性的な名字と比べると、加藤恵という名前は、アニメの世界より、現実世界に寄った一般的な印象を受ける。
この“普通”というのが恋愛描写の肝となる。恋愛ゲームやアニメでは、不治の病や生き別れの兄妹などの設定により物語を盛り上げていく作品もある。しかし本作は“普通のオタク少年が普通の少女に恋をする”というものであり、その普通の恋愛がどれほど尊いものか表現した作品となっている。
恋愛描写と共に興味深いのが、作中で描かれるクリエイターたちの創作に対する熱意だ。当初倫也は作品を鑑賞するだけの消費者側の立場だったが、恵たちを巻き込み同人ゲーム制作に取り組む。その過程で起こる困難を一つずつ乗り越えながら、強い意志を持って作品を完成させ、クリエイターとして成長していく姿を描いている。ここではシナリオライターであった丸戸の経験した制作現場のリアルな様子が反映されているようだ。パンフレットのインタビューでは、アニメ化の際に、あまり小説との違いを意識せずに台本に詳細なト書きを載せ提出したら、亀井幹太総監督に注意されたというエピソードが明かされている。作中でもその経験を反映したように、作中のゲームのシナリオを担当する詩羽に同じ過ちをさせ、シナリオ作りの落とし穴を描いている。
また、本作の特徴として挙げられるのが入れ子構造の語り口だ。倫也は恵とゲーム内のシナリオについて相談するのだが、同時に自分たちの関係の進捗について語っている。またメタ的な描写として、キャラクターたちの他愛もない会話が、現実世界のゲーム業界あるあるなどを指摘しているシーンもある。
劇場版では、冒頭で「ありきたりな泣かせなどいらない」、「物語をカミソリのように研ぎ澄ませろ」とゲームシナリオについて議論がなされる。その指摘はともすれば、そのまま本作へと突き刺さるのだ。創作活動を描く以上、それを語るだけの資格がある作品を作り、実践するという宣言であるように感じられた。