森山未來×仲野太賀の熱演が生み出した『富久』 『いだてん』は誰も観たことのない“戦争ドラマ”に

 ひとしきり街中を駆け抜けた小松は「志ん生の『富久』は絶品」と手紙を書くが、ソ連軍に見つかってしまう。ソ連軍が追いかけてくる絶体絶命の状況にも関わらず、小松は思わず駆け出す。走る小松の足元は軽快で、その姿はまるでマラソンランナーだ。「スッスッハッハッ」と呼吸をしながら走る姿は喜びに満ちている。逃げる小松の姿は『富久』と重なるようにして描かれ、その中で孝蔵演じる久蔵は「俺は家に帰りてえんだ」と言った。その思いは小松も同じだ。りく(杉咲花)に、そして息子・金治に会いたい一心で走り続ける小松。しかし、ソ連軍が放った銃弾が無情にも小松の体を貫いた。

 動かなくなった小松を見つけた孝蔵は「何寝てんだよ、久蔵」と、彼をゆすり起こそうとする。小松との別れを、孝蔵は孝蔵らしく惜しんだ。「俺の『富久』最後まで聞いてねえだろ!」と泣き叫びながら。

 これまで何度も描かれてきた孝蔵の『富久』。孝蔵が落語に出会ったきっかけでもあり、はじめて高座にあがったときの演目でもある。久蔵が一心不乱に駆け抜ける姿は、孝蔵や第一部の主人公・四三の情熱として描かれてきた。しかし今回の『富久』は、小松との出会いによって孝蔵の『富久』から、正真正銘、古今亭志ん生の『富久』へと生まれ変わった。そしてこの出来事が、小松の息子・五りん(神木隆之介)と志ん生(ビートたけし)を結びつけたとも言える。

 引き揚げてきた孝蔵は「みんなで揃って上向いて、這い上がって行きゃわけねえや!」と笑った。そこにはかつて“悪童”だった孝蔵の姿はない。ビートたけし演じる飄々とした志ん生の姿と重なった。森山未來だからこそ演じられた、あっけらかんとした志ん生の笑顔だった。

 今回、戦争が生み出した憎悪と死を避けることなく描いたことも印象的だった。冒頭、日本兵は中国人を無下に扱った。しかし戦況が変わると、中国人は日本人に銃を放ち、「死ね」と言いながら何度も何度も体に蹴りを入れた。彼らは「次は殺す」と小松らを見逃したが、その目は確かに日本への恨みで満ちていた。また小松の死後、満州に取り残された孝蔵の台詞も忘れてはならない。

「ソ連軍が本格的に来てからはひでえもんだったよ」
「沖縄で米兵が……もっと言やあ日本人が中国でさんざっぱらやってきたことだが……」

 戦況が変わっていくのを見続けてきた孝蔵だからこそ発せられる台詞だった。そしてOP。第一部では足袋が、第二部では聖火が描かれていたカットは、今回、ボロボロになった足袋が吹き飛ばされるカットに変わっていた。戦争によって断ち切られた青年の夢。夢を絶たれたのは小松だけではない

■片山香帆
1991年生まれ。東京都在住のライター兼絵描き。映画含む芸術が死ぬほど好き。大学時代は演劇に明け暮れていた。

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

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