『彼方のアストラ』は“あの頃”の哀愁を呼び起こす ミステリーを引き立たせるキャラ造形の巧みさ

 今でも、原作漫画の連載が佳境を迎えていたあの頃を、よく思い出す。

 集英社によるアプリ「ジャンプ+」で連載されていた『彼方のアストラ』は、中盤以降、物語の仕掛けが明らかになるにつれ、爆発的な盛り上がりを見せた。同アプリにはコメント欄が設けられているが、そこに書き込まれる読者の考察や応援の声は、回を増すごとに過熱。Twitterでも話題に上ることが増えていった。その勢いのまま、壮大な物語は見事なクライマックスを迎え、この2019年の夏にはテレビアニメ化を果たす。毎週の放送日にTwitterが賑わうのは、まるで原作連載時の再演のようである。

 『彼方のアストラ』は、篠原健太によるSF冒険譚。単行本は全5巻で、マンガ大賞2019では大賞を獲得している。

 時は西暦2063年。惑星キャンプに参加した高校生男女9人は、突如現れた謎の球体に飲み込まれ、宇宙の果てに飛ばされてしまう。突然の遭難事故ではあったが、彼らは力を合わせ、友情を育みながら、母星への帰還を目指す。しかし、その9人の中には、遭難事故を引き起こした「刺客」が紛れ込んでいるというのだ……。次第に明かされるメンバーそれぞれの過去、そして驚くべき真実が、彼らの旅路に立ち塞がっていた。

 ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』からも着想を得たという本作。宇宙の果てに放り出されてしまった高校生たちは、未知の惑星をサバイバルしながら、自給自足の生活を始めることになる。「メンバー内に潜んでいる刺客は誰なのか」「なぜこの遭難事故が起きたのか」といった謎を配置しつつも、主に物語前半の魅力は、彼らが繰り広げる冒険の日々そのものだ。惑星ごとに異なる生態系、大気、重力。作者からは『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』の影響も公言されているが、胸躍る感覚が途切れない、辛くも楽しい日々が描かれていく。

 本作は、「ミステリーの構成がすごい!」「伏線がすごい!」といったベクトルで語られることが多い。確かに、そこの精度が非常に高い作品だ。単行本5巻で見事に完結するので、ついつい友人や知人に勧めたくなってしまう。ネット上では未読者へのネタバレに丁寧に配慮して語られる場面が多く、それは、作品そのもののクオリティの高さの証明とも言える。

 しかしどうだろう。私は、そういった「ミステリー要素」は、実は『彼方のアストラ』の魅力における半分ほどに過ぎないと考えている。もう半分を占めるのは、作者・篠原健太による見事なまでの「キャラクター造形」だ。むしろこちらの方が、作品の骨格に相当するのではないだろうか。

 主人公であるカナタ・ホシジマをはじめとする、アストラ号の乗組員たち。男性5人、女性4人で構成されるメンバーは、容姿も性格もバラエティ豊かだ。

 抜群の身体能力を持ち、情に厚く、宇宙探検家の夢を持つカナタ。過去に山で遭難した経験から、仲間と手を取り合う大切さや、どこまでも諦めないタフな精神を持つ。「リーダー気質に溢れた青年」と書いてしまえば、どこかありふれた形容にも感じられるが、カナタの存在こそが物語を力強く前進させるのだ。頼れる存在でありながら、お調子者で、ちょっとポンコツでニブい面もある。しかし、着実にメンバーに好かれていく彼を、読者もいつしか好きになっていく。

 このように、本作のキャラクターは、一見すると「よくある」タイプが多い。「根暗で口数が少ない少女」「博識な眼鏡キャラ」「手先が器用なムードメーカー」「天然で朗らかな女の子」「ちょっとクセのある爽やかイケメン」……。しかし、本作をすでに読了した人は、彼らが単なる「よくある」に収まらない、どこまでも魅力に溢れたキャラクターであることを十二分に知っているはずだ。生き生きと関わり合う彼らは、まるでフィクションの存在とは思えないほどに、生命力に満ちている。

 改めてメンバーを見てみると、思わず笑みがこぼれてしまうほどに、全員がボケもツッコミもこなせる両刀使いであることに気づく。伸び伸びと青春を送る彼らにとって、通り一遍の属性など不要なのだ。それぞれに人生があり、コンプレックスを抱き、それを打破する強さを持つ。そんな「生きた」キャラクターたちの共同生活は、惑星探索の高揚感と合わさり、独自の読み味を形成していく。

 篠原健太の代表作といえば、2007年から2013年まで週刊少年ジャンプで連載された『SKET DANCE』だ。こちらも、アニメ化を果たした大人気作である。

 同作は学園コメディをベースに、抱腹絶倒のギャグと、濃密なヒューマンドラマ、主人公・ボッスンらの熱く切ない青春の日々が展開される。こちらも、とにかくキャラクター造形が見事なのだ。「フィクションにおけるコメディの登場人物」でありながら、「実際に隣の席に座っていそうなクラスメイト」という、驚くほどに親しみやすいバランス。「好きなキャラクター」というより、「友達になりたいキャラクター」と形容した方が適切だろうか。細かなエピソードを積み重ねていくことで、登場人物の人となりが読み手の心の中に刻まれていくのである。

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