キアヌ・リーブス主演の“当たり”映画に 『ブルー・ダイヤモンド』に込められた作り手の信念

『ブルー・ダイヤモンド』に宿る作り手の信念

 そこにさらに苦味を与えるのが、ロシア出身の俳優、パシャ・D・リチニコフが演じるマフィアのボスである。女性を物として見下しながら、男同士の精神的なつながりを重視するという、男性社会の権力構造のなかで生きてきた、典型的ながら複雑な人物の造形。彼によって追いつめられたルーカスは、カティヤとともにある選択を迫られることになる。そのおそろしい展開は、観客の心に爪痕を残すものだ。そこには、よくある娯楽大作映画では表現できない、一種の狂気すら存在している。

 ルーカスが葛藤し、苦悩することになる都市サンクトペテルブルグは、ドストエフスキーの『罪と罰』の舞台でもある。主人公の青年ラスコーリニコフがたどった道の沿った運河にかけられた橋に、キアヌ演じるルーカスが佇む。あたかもラスコーリニコフの亡霊に魅入られたような、その姿からは、一種の哲学的な美学すら漂ってくる。

 本作の監督はマシュー・ロス。マイケル・シャノンとイモージェン・プーツ共演の『フランク&ローラ 魔性のレシピ』(2016年)で、40歳にして長編デビューしている。この作品は、ある事件を背景に男女の心の機敏を描いた、美学的なネオ・ノワールで、キアヌは「深遠な映画」と評価し、プロデューサーのハメルとともに、彼に監督を依頼する運びとなった。

 ロス監督は、イギリスの巨匠であり鬼才ニコラス・ローグ監督に多大な影響を受けていることを明かしているように、やはり複雑な大人の作品を志向する作家性を持っている。かつてローグ監督作品に出演していたユージン・リピンスキを本作の印象的な役柄にキャスティングしたことからも、そのこだわりは感じられる。これらの出会いによって、本作は近年見たことがないような、観客に媚びないソリッドな質感や独特な美学を獲得したものになったといえるのだ。

 近年、高額で取り引きされているという、青い発色を見せる“ブルーダイヤモンド”。それが評価される理由は、純粋なダイヤモンドのなかに封じられたホウ素によって青く光るという希少性。不純物が混合したことで効果が発揮される、“純粋さ”と“不純さ”をあわせ持つブルーの輝きは、本作のテーマとつながりを見せ、さらに本作自体をも象徴しているように感じられる。そう、本作『ブルー・ダイヤモンド』は、ビジネスのためだけに見えるような作品が氾濫する映画界において、近頃めっきりと姿を見せなくなった、作り手の妥協ない信念が結晶化した作品であり、そして大人の苦味が封じ込められた希少な映画なのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ブルー・ダイヤモンド』
8月30日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー
監督:マシュー・ロス
出演:キアヌ・リーブス、アナ・ウラル、パシャ・D・リチニコフ、ユージン・リピンスキ
脚本:スコット・B・スミス
配給:クロックワークス
2018年/カナダ・アメリカ/英語・ロシア語/シネマスコープ/105分/原題:Siberia/字幕翻訳:北村広子/R15+
(c)2018 MARS TOWN FILM LIMITED
公式サイト:http://klockworx-v.com/bluediamond/

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