ラップはすべてスマホのスピーカーから鳴っていた 磯部涼が『フロリダ・プロジェクト』を解説

 その後、2・ライヴ・クルーの人脈からはトリック・ダディのようなハードなラッパーも登場しているが、マイアミ・ビーチのBGMとなる享楽的なダンス・ミュージックという点では、レゲトンやEDMを取り入れたキューバ系のピット・ブルが後継者だと定義付けられるだろう。他にも、元看守だがギャングのボスというキャラクターを演じるリック・ロスは、『スカーフェイス』のイメージをなぞっているし、近年、州南部はミレニアル世代のラッパーの出身地として注目を集めていて、デンゼル・カリー、スキー・マスク・ザ・スランプ・ゴッド、コダック・ブラック、スモークパープ、リル・パンプ等、次々とスターを輩出している。

 中でもカリスマになっているのがXXXテンタシオンだ。彼は自殺願望と別れた恋人への未練を鬱々と歌い続けた点で、『ムーンライト』と同じようにフロリダの影を表現してきたとも言えるが、ふたつ目のオリジナル・アルバム『?』では、同州:マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で起こった銃乱射事件の犠牲者に捧げる楽曲を収録する等、社会へと踏み出そうとする気配を感じさせたものの、発表3ヶ月後の2018年6月、自身が銃殺されてしまう。フロリダはアメリカの中でも特に銃の規制が緩い州であり、8月にもオンラインゲーム大会で2人が死亡する乱射事件が発生。一方、件の高校に通う学生たちが始めた銃の規制強化を求めるデモは全米に広がった。フロリダは現代のアメリカが抱える問題の突端に位置しているのだ。

 ちなみに、『フロリダ・プロジェクト』で使われているラップ・ミュージックはマイナーなものが多く、フロリダ産にこだわっているわけでもない。そのような選曲になった要因がクリアランスの問題なのか、もしくはヘイリーを演じたブリア・ヴィネイトのスマートフォンにもともと入っていた楽曲を使ったためなのかは分からないが、後者でないかと思うのは、シャカシャカとチープな音で鳴らされる下世話で大衆的な楽曲群が、とても親密な雰囲気を醸し出しているからだ。例えば、ランチの途中、ラップ・ミュージックに合わせてムーニーがトゥワーク(尻振りダンス)をやってみせ、ヘイリーが大笑いするシーンに、教育上宜しくないと眉をひそめる向きもあるかもしれない。しかし、そこにはとても幸福な時間が流れている。反面、ヘイリーがムーニーに対してある秘密を持つ時、それを覆い隠すのもまたスマートフォンから響くラップ・ミュージックの音だ。ヘイリーはふたりの生活を守るために嘘をついたが、そのことが引き金となって、幸福な時間は終わりへ向かっていく。

 ヘイリーの罪の入り口となるのもまたスマートフォンによるセルフィーだった。ショーン・ベイカーの前作『タンジェリン』(2015年)は、全編をiPhone 5sで撮影したことが話題になったが、ロサンゼルスの街中を舞台にトランスジェンダーの街娼や移民のタクシー運転手といった、愛すべきはぐれもののキャラクターたちを活き活きと描けたのも、役者にも通行人にも撮影していることを意識させない同機器のおかげだ。同じように、『フロリダ・プロジェクト』でも前述したラップ・ミュージックの鳴らし方を始めとして、スマートフォンは小道具以上の役割を担っていると言える。何しろ、今回も最後、iPhone 6s Plusが魔法を起こすことになるのだから。それはフロリダが、ひいては誰もが抱える現実と夢が入り混じるような、奇妙だが美しいシーンである。

■磯部涼
ライター。単著に東京近郊の工業地帯——神奈川県川崎市川崎区の臨海部を舞台に、ラップ・グループ=BAD HOPを始めとする若者たちの生態を描いた『ルポ 川崎』(サイゾー、17年)がある。その他、共著に大和田俊之、吉田雅史との『ラップは何を映しているのか――「日本語ラップ」から「トランプ後の世界」まで』(毎日新聞出版、16年)など。

■リリース情報
『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』
10月3日(水)発売

<デラックス版Blu-ray>
価格:5,300円+税
【仕様】本編約112分+特典映像/16:9LB(シネマスコープ)/1層/音声:英語 DTS-HDMasterAudio5.1chサラウンド/日本語字幕/1枚組

★特典映像★(デラックス版Blu-rayのみ収録)
・予告篇
・キャスト&監督インタビュー
・メイキング「虹のふもとで」
・NG&未公開シーン

<DVD>
価格:3,800円+税
【仕様】本編約112分/16:9LB(シネマスコープ)/片面1層/音声:英語 ドルビーデジタル5.1サラウンド/日本語字幕/1枚組

※仕様は変更となる場合がございます。

キャスト:ウィレム・デフォー、ブルックリン・キンバリー・プリンス、ブリア・ヴィネイト、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー
共同脚本・製作:クリス・バーゴッチ
製作:シン=チン・ツォウ
撮影監督:アレクシス・サベ
発売元:クロックワークス
販売元:TCエンタテインメント
(c)2017FloridaProject2016,LLC.

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