有村架純のコーヒーを淹れる姿が神々しい 『コーヒーが冷めないうちに』で見せた緻密な表現力

 有村が演じている時田数の人物像は複雑だ。映画中盤まで、数自身の心情は一切見えてこない。“ある席”に想いを馳せる人々を見つめる彼女の表情は柔らかいのだが、そこに明るさはなく、どことなく影を感じさせる。数には、自分が淹れたコーヒーがきっかけで、自分の母親が元の世界に戻れなくなったという過去があった。この過去は映画中盤まで明かされないが、数と過去に戻りたい人々との間に生じていた微妙な距離感が、彼女の複雑な想いを物語っている。不思議なコーヒーを淹れてほしいと望む人々へ、一杯一杯丁寧に淹れる数だが、その表情には常に「この力によって、母親を時間に閉じ込めてしまった」と自分を呪うような感情も見え隠れする。劇中、伊藤健太郎演じる新谷亮介との距離が縮まることで、彼女が抱えている闇に少しずつ光が差していくが、この微妙な心情変化を有村は見事に演じきった。

 映画公式サイトでは、監督・塚原あゆ子が有村を絶賛している。「数は決して自己主張が強いタイプの役ではないのに、彼女がそこにいることでこの世界が回っている感じがちゃんとするんです」とある。今作を鑑賞すると、時田数というキャラクターは抜きん出て存在感を発揮するような役柄ではない。だが彼女の存在がなければ、この喫茶店で起きる不思議な出来事も起こらない。責任感や罪悪感を感じながら生きている数の人間らしい一面と、コーヒーを淹れるときの神々しさ。この対極にあるものを両立させるのは容易ではないはずだ。しかし有村は、複雑な内面を抱える彼女を深く表現し、時田数として物語に存在していた。監督・塚原が言う通り「役者になるべくしてなった人」なのだろう。

 コーヒーが冷めるまでの短い時間の中で描かれる人間ドラマが非常に魅力的だが、そんな不思議な出来事を提供する時田数の成長にも注目してほしい。有村の真摯な演技が伝わってくる今作。有村にとって重要な代表作になったのではないだろうか。

■片山香帆
1991年生まれ。東京都在住のライター兼絵描き。映画含む芸術が死ぬほど好き。大学時代は演劇に明け暮れていた。

■公開情報
『コーヒーが冷めないうちに』
全国東宝系にて公開中
出演:有村架純、伊藤健太郎、波瑠、林遣都、深水元基、松本若菜、薬師丸ひろ子、吉田羊、松重豊、石田ゆり子
原作:川口俊和(『コーヒーが冷めないうちに』『この嘘がばれないうちに』サンマーク出版刊)
監督:塚原あゆ子
脚本:奥寺佐渡子
配給:東宝
(c)2018 映画「コーヒーが冷めないうちに」製作委員会
公式サイト:http://coffee-movie.jp/

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