日本のアニメは世界でどう評価? 『夜明け告げるルーのうた』アヌシー映画祭最高賞受賞から考察
壁を乗り越える日本のアニメーション
それでは、『夜明け告げるルーのうた』が、それ以上の評価である最高賞を受賞したというのは、どういうことなのだろうか。確かに、日本の田舎の閉鎖性を描いたという部分に特殊性は見られるものの、それが際立っているとまではいえない。かといって内容が西洋的な文脈に沿ったものになっているとも思えないのだ。だがポイントはむしろ、“そこ”にこそあるのではないか。
日本の観客の何人かから、「ルーがかわいくない」という声を聞いたのが印象に残っている。「そうかな?」と、疑問をぶつけてみると、どうやらそれは、ルーのヴィジュアルが、現在の日本の美少女アニメのコードからズレているという意味であり、さらに宮崎駿監督や、片渕須直監督作品にすら見られる、一種の理想化された少女へのフェティッシュのようなものが存在しないという意味だった。裏を返せば、それは現在の日本の多くのアニメ作品が、そのような価値観に頼り過ぎているという状況を示しているといえないだろうか。さらにそれは、一部の日本のアニメが、世界的にはマニアの間でしか人気を得られない理由となり、『夜明け告げるルーのうた』が国内で盛り上がらなかった要因のひとつともなっているだろうと考えられる。
また先日、アニメーションを使った、あるTV-CM作品が、大ヒット作『君の名は。』の新海誠監督の作風の露骨な模倣を行っているのを目にした。そこで描かれるダイナミックできらびやかに演出された恋愛表現というのは、アニメーション本来の魅力とは遠い、また新海監督の作品とも本質的に異なる、ただ日本の流行を追うだけの消費物でしかないように感じた。おそらく、今後このような作品を複数目にすることになるのだろう。
そういった状況において、ルーという少女のキャラクターは、そのような理想化された抑圧的押し付けから自由であり、その自由さというのは、ヴィジュアルだけでなく、脚本や演出を含め作品全てに息づいているように感じるのである。そこから生まれる表現は、西洋的にも、日本的な文脈にも寄らないという意味で、「グローバルなアニメ」という位置付けになるのではないだろうか。『夜明け告げるルーのうた』の英題"Lu Over the Wall"は、まさに壁を越えていく、この作品を象徴しているように感じられる。
このような作品づくりを可能にしたのは、湯浅政明監督の視野の広さに他ならない。海外で大きく評価された『マインド・ゲーム』はもちろん、彼がアメリカのアニメ作品『アドベンチャー・タイム』のゲスト監督としても十分にフィットすることができたというのは、日本的な文脈よりも、「絵の面白さ」や「動きの面白さ」という、より普遍的なところで勝負しているからだろう。それは、いくつもの湯浅監督作品のなかで中心的な役割を果たし、今回は制作プロデューサーを務めた、韓国出身の女性アニメーター、チェ・ウニョンによる国境を超え評価される感性とも合致している。ここでの作品づくりは、娯楽的な商業アニメのなかで、非商業的で実験的なアートアニメを取り入れていく行為だともいえるし、日本のアニメーションを、もう一度普遍的な位置に置き直そうとする運動とも感じられるのである。
今回の受賞というのは、日本の作り手にとっても観客にとっても、「アニメーション」という表現の魅力を、より純粋に見つめ直すきっかけになり得るかもしれない。日本は、技術的には依然として「アニメ大国」であると私も思う。だが、一部のファンを魅了するだけでなく、世界の「スタンダード」になっていくためには、意識を一度日本の外に置き、広い視野を獲得する意識改革が必要だろう。そして、アートと娯楽の目指すところを、また国内と国外で求められる表現を、できる限り高い位置で一致させることのできる作品が増えていけば、日本のアニメーションは、より輝いていくはずである。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『夜明け告げるルーのうた』
全国公開中
出演:谷花音、下田翔大、篠原信一、柄本明、斉藤壮馬、寿美菜子、大悟(千鳥)、ノブ(千鳥)
監督:湯浅政明
脚本:吉田玲子 湯浅政明
主題歌:「歌うたいのバラッド」斉藤和義(SPEEDSTAR RECORDS)
キャラクターデザイン原案:ねむようこ
キャラクターデザイン・作画監督:伊東伸高
アニメーション制作:サイエンスSARU
企画協力:ツインエンジン
制作:フジテレビジョン、東宝、サイエンスSARU、BSフジ
配給:東宝映像事業部
(c)2017ルー製作委員会
公式サイト:http://lunouta.com/