二階堂ふみと小泉今日子、意外な共通点とは? 『ふきげんな過去』を相田冬二×門間雄介が考える

門間「ふたりの声がすごく大きな役割を担っている」

 

門間:もうひとつ、ふたりについて特に指摘したいのは、声質の良さですね。良い芝居とはなにかって、一口に言えるものではないんですけれど、僕が好きになる役者は声が良いんですよね。『ふきげんな過去』も、ふたりの声がすごく大きな役割を担っていると思います。小泉さんは歌うところからキャリアをスタートしていることもあって、声を通じてなにかを表現することを武器にしてきたところがあるでしょうし、二階堂さんも『オオカミ少女と黒王子』と『私の男』で、対極にあるような役柄を演じていても、ひとこと言った瞬間にすっと入っていける感じがあります。やっぱり声が大事なんだなということは、本作を観て改めて思いました。

相田:二階堂さんの声は低いトーンなこともあってか、発した瞬間に説得力が生まれますよね。その人物の背景を想像したくなるというか、観るものに興味を持たせる。言い換えれば、人の心をつかむんですよ。小泉さんもやはり声を操っていて、だからこそ説得力のある演技ができている。ミュージシャンや芸人が演技をすると、ある種の説得力を生むのは、やっぱり声を仕事にしている人たちだからなんでしょうね。だからモデル出身の人はいまいちだったり。

門間:声が良いのは、表現者として強いですよね。二階堂さんが同世代の女優と比べて優位性を持っているのは、声の力なんじゃないかな。よく演技を評する時、幅広い役柄の演じ分けとか表情とかが基準になりがちなんですが、声はもっと重要ですよ。前田さんは当然芝居に通じているかただから、声の重要さには意識的だと思いますし、だからこそこのふたりのキャスティングに納得できたんじゃないかと。

相田:キャスティングはおそらく、プロデューサーの西ヶ谷寿一さんですよね。小泉今日子と二階堂ふみだったら、前田司郎が思いっきりやれるって踏んだんだと思います。

相田「日本映画界とは異なる文脈で再評価される可能性はある」

 

門間:ところで相田さんは本作を今年のベストワン映画に挙げているそうですね。

相田:そうですね、塩田明彦監督の『風に濡れた女』と迷っていて。総合点では『ふきげんな過去』が上だけど、ちょっと良すぎるというか。ここまできたらもう、映画じゃなくて良いんじゃないかって感じるところもあって。映画でもないし演劇でもない、もしかしたら文学なのかもしれないけれど、確実になにかを超えている感じがあって、映画ファンとしては少し寂しい。でも、やっぱりこれがベストワンだろうとは思っています。

門間:では、世間的には過小評価されていると?

相田:映画畑にこの作品を評価している人が少ないのは、すごく残念です。でも意外と若い層に受けていて、特に子役の山田望叶さんの評判がいい。『ジ、エクストリーム、スキヤキ』より映画偏差値が高いから、難しいかなと思ったんですけれど、感覚的にはもっと受け取りやすい作品だったのかもしれない。それこそ声質だったり、二階堂さんのかわいさだったりといった部分で。

門間:海外の反応は悪くなかったという話を聞いたことがあります。

相田:たしかに、小泉さんもあまり日本映画っぽくない作品だと仰っていましたし、海外の方が受けはいいのかもしれない。起承転結が付いていないところとか、雰囲気とか。爆弾の捉え方も、日本と海外では違うでしょうし。先日、海外のサイトで、思ったほど評価されてない重要な映画ランキングみたいなのを読んだら、紀里谷和明さんの『CASSHERN』とか蜷川実花さんの『さくらん』とかが入っているんですよ。そういう日本映画界とは異なる文脈で再評価される可能性はあるんじゃないかな。

門間:我々と違うコンテクストでこれを観たら、すごく新鮮に映る部分はたしかにあるかもしれない。

相田:すごく泣けるとか、あるいはものすごく変わっているとか、カルトな映画だとか、そういう極端な方向にいかないのが本作の良いところなんだけれど、日本ではまだあまり理解される作品ではなかったということでしょうね。本当はいろんな人に見てほしいです。

門間:小泉さんと二階堂さんが出るって決まらなかったら、企画のまま消えていった可能性もありますよね。彼女たちが出ることによって成立した作品ではないかなと。今回の小泉さんのように、二階堂さんにも変わらずこういう企画にちゃんと嗅覚を働かせていってほしいですね。いずれは、いろんな才能をフックアップするような存在になれるかもしれません。

門間「日常の風景の背景に、いろんなものが激しくうごめいている」

相田:多くの人は映画を物語だと考えていて、意味を求めてしまうんですよね。観ると感動するとか、さわやかな気持ちになるとか。でも、それは既成の感覚をなぞっているだけで、言ってみれば郷愁に近いものだと思います。一方で本作は、夏休みの宿題がどうこうと言っているにも関わらず、そういう郷愁とはまったく異なる、これまでにない体験を与えてくれる。それを感じとる感性が自分にも備わっているということを教えてくれるのがこの作品なので、1回観てあまりピンとこなくても、2回3回と繰り返して観てほしいですね。最初にパクチーを食べたとき、なんだこれって思うけれど、何度も食べるとその美味しさがわかってくる感覚に近いかもしれない。日本映画にも、まだそういう未知のときめきがあるってことを感じられる数少ない映画です。かといって、決して難解な作品でもありません。

門間:基本的には日常の風景が静かに描かれていくのだけど、その背景にはいろんなものが激しくうごめいていて、観ていくうちにそれに気づいていく作品というか。僕はそこがすごく面白いと思いました。

相田:登場人物の過去とかね。語られていることが本当かどうかは誰にもわからないし、それは嘘の可能性だって高い。たとえば、一般的に爆弾は爆発することが過激なことだと思われているけれど、本当は爆発しないで、「いつ爆発するのかわからない」方が過激なのかもしれない。僕らはカタルシスに慣らされていて、映画はそういうものだって思いがちだけど、『ふきげんな過去』はそういうエナジードリンクみたいな映画とは対極にある作品です。そのグレーな面白さを味わってほしいですね。

(構成=編集部)

■相田冬二
ライター/ノベライザー。雑誌『シネマスクエア』で『相田冬二のシネマリアージュ』を、楽天エンタメナビで『Map of Smap』を連載中。最新ノベライズは『追憶の森』(PARCO出版)。

■門間雄介
編集者/ライター。「BRUTUS」「CREA」「DIME」「ELLE」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」などに執筆。
編集・構成を行った「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト 上」が発売中。Twitter

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出演:小泉今日子、二階堂ふみ、高良健吾、山田望叶、兵藤公美、山田裕貴、大竹まこと、きたろう、斉木しげる、黒川芽以、梅沢昌代、板尾創路
監督・脚本:前田司郎
音楽:岡田 徹
主題歌:佐藤奈々子「花の夜」
製作:重村博文 太田和宏
プロデューサー:森山 敦 西ヶ谷寿一
アソシエイトプロデューサー:西宮由貴 山下義久
ラインプロデューサー:金森 保
撮影:佐々木靖之
照明:友田直孝
録音:吉田憲義
美術:安宅紀史 田中直純
スタイリスト:伊賀大介
衣裳:渡部祥子
ヘアメイク:竹下フミ
編集:佐藤 崇
助監督:小南敏也
制作担当:刈屋 真
企画協力:田口智博
製作:「ふきげんな過去」製作委員会
企画:キングレコード
制作・配給:東京テアトル(創立70 周年記念作品)
制作協力:キリシマ1945
宣伝:ブリッジヘッド ブラウニー
2016年/日本/120分/5.1ch/ビスタ/カラー/デジタル
(c)2016「ふきげんな過去」製作委員会
公式サイト:fukigen.jp

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