浅野忠信演じる男はなぜ恐ろしいのか? 『淵に立つ』距離感のある芝居の凄み

 しかしこうして勝手に語れば語るほど、浅野忠信のことが余計わからなくなってくる気もする。そう、浅野忠信は「謎」そのものだから恐ろしいのだ。謎を演じるのでなく、謎そのもの…。それが作品のコアにもなる『淵に立つ』だが、連なる過去の作品たちを思い返してみれば、浅野がはるか以前から「謎」であったことは確か。

 例えば、黒沢清監督の『アカルイミライ』で、浅野は毒クラゲを飼う男を演じ、突然殺人を犯したのちに獄中自殺を遂げた。是枝裕和監督のデビュー作『幻の光』では江角マキコの夫として登場するが、これまた突然自死して幻となった。両作の浅野が消えた後に物語が大展開する構造は『淵に立つ』も同じ。浅野忠信が突然消えてしまのは、もはや映画史のルールのように思えてくる。では、なぜ浅野は消えるのか。その理由はいつだって「謎」である。しかしそれでも観る者は深く納得してしまうのだ。大いなる「謎」がただ「謎」のまま消え、その後とんでもない出来事が起きるのが予感される。このざわつきを巻き起こせるのは、浅野忠信だけなのではないか。

 キャリア初期はインディーズ映画界の未知なるスター然としていた浅野忠信も、今やメジャー大作にも欠かせないベテランとなり、さらにはアジアやヨーロッパに飛び出してハリウッドデビューまで飾り、日本を代表する国際的俳優として疑いの余地が無い地位を築いた。しかし、彼が本質的に持つ「恐ろしさ」を持て余すことなく、慎重に扱うことに長けているのはやっぱり日本映画。それもギリギリの崖上で「映画」と向き合う独創的な監督、映画作家の作品だということが、『淵に立つ』を観れば改めてわかる。

■松井 一生
映画監督、ライター。87年生まれ。主な監督作に『ユラメク』(14)など。ライターとしては映画記事を定期的に執筆。

■公開情報
『淵に立つ』
10月8日(土)より有楽町スバル座、イオンシネマほか全国ロードショー
脚本・監督:深田晃司
出演:浅野忠信、筒井真理子、太賀、三浦貴大、篠川桃音、真広佳奈、古舘寛治
配給:エレファントハウス
英語題:HARMONIUM /2016年/日本・フランス/日本語
主題歌:HARUHI「Lullaby」(Sony Music Labels Inc.)
(c)2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMAS
公式サイト:fuchi-movie.com

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