『死霊館 エンフィールド事件』はホラーの枠を超える傑作だーー天才監督ジェームズ・ワンの演出手腕

 そして、本作のメインとして扱われているもうひとつの事件は、邦題ともなっている「エンフィールド事件」という、イギリスで起きた有名なポルターガイスト現象である。当時の警察の捜査やメディアの取材など衆人環視の状況においても、家具が勝手に動いたり異常な音が聴こえるなどの現象が確認されており、数々の超常現象のなかで信憑性が高いものだと伝えられている。それだけに本作は、霊的な存在が前作よりも張り切って、はるかに派手に暴れてくれるのだ。そのため恐怖映画としての仕掛けも満載なのである。

 今回の演出でとくに追及されているのが「反復表現」だ。霊的な能力を持つ研究家夫妻の妻・ロレインが鏡を見ると、そこには自分の姿と、その後ろに不気味な人物が映っているのが見える。おそるおそる振り返ると、そこには誰もいない。これだけならよくある恐怖演出だが、彼女はそこからまたもう一度、鏡を確認するのである。観客は登場人物の行動によって、これから起きるショックに備えて極度に緊張するが、そこで何も無いことを確認すると、つかの間の瞬間だけ弛緩する。そこで、ごく短い間に緊張、弛緩を何度も体験させることで、観客の心理を翻弄するのだ。

 もうひとつは「暗闇の利用」と「フォーカスの駆使」である。居間の暖炉や部屋の隅など、画面の一部分を真っ黒にする、またはピントを合わせず映像をボカすことによって、そこに異界的な空間を作り出す。本作では、画面の大部分をボカしたまま長回しを行うという実験的手法を用いて、緊張感が持続する驚くべきシーンを作り上げている。観客の想像力を利用し「見えないものを見せる」ことに成功しているのである。

 

 それら演出の多くは、古くからある撮影テクニックを応用したものだが、それだけに本作は、「映画」独特の画面の美しさや、格調の高さをじっくりと味わえるものになっている。それでいて、いままでにない斬新な表現が次から次へと出し惜しみせず溢れてくるのだ。それらのシーンが怖いのはもちろんだが、何よりも表現自体が映画としてものすごく面白い。だから、「次に何が来る?何が来る?」と、わくわくしながら作品を楽しむことができるのだ。それは、映画が好きで本当に良かったと感じる幸福な時間である。

 娯楽性が高く、ときに一部で差別されることもあるホラー・ジャンルにおいて、新しい表現を駆使し、映画の本質に迫ったここまでの境地にたどり着くことができる。この事実は、映画を愛する観客だけではなく、多くのジャンル映画製作者や、それ以外の多くのクリエイターにも希望を与えるのではないだろうか。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『死霊館 エンフィールド事件』
7月9日(土)新宿ピカデリーほか全国公開
監督:ジェームズ・ワン
原案:チャド&ケイリー・ヘイズ、ジェイムズ・ワン
脚本:チャド&ケイリー・ヘイズ、ジェイムズ・ワン、デイビッド・レスリー・ジョンソン
出演:ベラ・ファーミガ、パトリック・ウィルソン、フランシス・オコナー、マディソン・ウルフ、フランカ・ポテンテほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
2016/アメリカ/シネスコ/デジタル/原題:The Conjuring 2 
(c)2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:www.shiryoukan-enfield.jp

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