佐々木俊尚の映画『スティーブ・ジョブズ』評:“天才的なデザイナー”の片鱗が描かれている

「ジョブズの美意識が人間関係にも表れていた」

(c)Universal Pictures (c)Francois Duhamel

ーー第1章でジョブズとクリスアン・ブレナンの娘・リサが、Macintoshでマウスを使って絵を描くシーンがありますが、その様子を見たクリスアン・ブレナンは「玩具」と揶揄していましたね。

佐々木:当時はメモリーも非常に高価でCPUも遅かったから、コンピューターを制御するにはキーボードでコマンドを入力するのが当たり前で、マウスを使って感覚的に使用するというのは現実的ではなかったんです。先見の明はあったけれど、実際には技術の進歩が追いついていなかったのが、当時の状況だったのでしょう。

 実際、ジョブズはアップルに復帰してiMacを作るまで、なにひとつ成功していません。社会的にも業界的にも評価されていなかったし、Macintoshを作ったけれど失敗した人物と看做されていました。Apple IIのおかげである程度は保てていた業界シェアが、どんどん低下したのは、ジョブズの責任に依るところが大きいです。

ーー第2章ではスカリーとの確執も描かれていました。

佐々木:ジョブズは当時、Macintoshに莫大な資金を投下して開発し続けていましたが、あの段階でヒットさせることができたかというと、絶対に不可能でした。だから、スカリーが批判するのも無理はないです。その後、iMacが実用に耐えうるコンピューターとして実現できたのは、CPUのパワーが上がってメモリーも増設できるようになり、ハードウェアとしての余裕ができたからです。ムーアの法則で価格の破壊が進み、時期を待ってようやく製品になったといえます。

 ただ、NeXT Cubeの段階でも異様にデザインにこだわっていたのは、やはりジョブズらしいと思いました。今でこそコンピューターはおしゃれなものになりましたが、90年代のある時期まではデカくてダサい代物でした。そんな中、筐体の角の角度を1度単位で徹底してデザインしていたのは、興味深いところです。にも関わらず、あの段階でOSが完成していなかったというのも、真偽はさておき、いかにもジョブズ的なエピソードといえます。

ーー第3部では、いよいよiMacを発表する直前の内幕を描いています。

佐々木:iMacはきわめてミニマリズム的な発想で作られていて、当時としては画期的なコンピューターでした。フロッピーディスクドライブは搭載せず、CD-ROMドライブしかない。多くのスロットもなくて、USBを全面的に採用している。余計なものをどんどん削ぎ落としていって、とにかくシンプルにしたのは、ジョブズの美意識が反映されてのことでしょう。

 印象的だったのは、“余計なものを削ぎ落とす”美意識が、彼の人間関係にまで及んでいるように感じられたところ。劇中のジョブズは、面倒臭い関係性や古いしがらみを、徹底的に断ち切ろうとしているように思えました。かつて会社に貢献した人でさえも、いま必要ではなければ簡単に切ってしまうドライさがあり、究極のミニマリストといえるかもしれない。

 友人の一人が、ジョブズに「君のことが嫌いだった」と言うのに対し、「僕は好きだったけどね」と応えるシーンは、彼の人付き合いの特異さをよく表しています。目的を遂行するのが何よりも優先で、そのためには人間関係にヒビが入るのさえ厭わなかったことが伺える、非人間的な振る舞いです。

 相手からするとリスペクトがないように感じられ、それが多くの確執を生んだのでしょう。結果的にリサの学費を支払うことを決めたのも、あくまで合理的な判断に従ったように見えました。

ーージョブズの非人間的な振る舞いと、その才能は分かち難く結びついていたのでしょうね。

佐々木:IT業界でビッグビジネスを動かす人には、こういうタイプが多いように思います。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスもそうだし、 テスラモーターズCEOのイーロン・マスクも、かなり変わった人物だと言われています。イーロン・マスクなんて社員と少し話をして、その専門分野で自分より知識がなかったらすぐにクビにしてしまうと言いますし。一歩間違えたら、単なるブラック企業の経営者ですよ。ほとんどロジックだけで物事を考えているというか。

 しかしながら鑑賞後、ジョブズに悪感情を抱くような映画ではない。脚本を手がけたのは、Facebookの創設者であるマーク・ザッカーバーグを描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』と同じくアーロン・ソーキンで、彼は二面性のあるヒーロー像を描くのがとても上手いと思いました。嫌なヤツであることは確かだけど、ちゃんとカリスマ性を感じさせることにも成功しています。

 そもそも、イノベーティブな企業経営者に最も求められるのは、道徳ではありません。最近はタレントや政治家の不倫スキャンダルが報じられていて、著名人に過度な道徳が求められているようにも思えます。たしかにタレントであればイメージを売りにしているので、相応の社会制裁があるのは仕方がないのかもしれませんが、一方で有能な政治家ならば、不倫をしようが良い仕事をしていればそれで良い、という考え方もあります。彼が不倫をすることと、日本の社会に直接の因果関係はないですから。本作でジョブズは嫌な人間として描かれていますが、だからこそイノベーションを起こす人物足り得たのも事実で、少なくともこの映画は彼の価値を下げるものではないと思います。

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