成馬零一の直球ドラマ評論『いつ恋』第一話

『いつ恋』第一話で“男女の機微”はどう描かれた? 脚本家・坂元裕二の作家性に迫る

 フジテレビの月9(月曜夜9時枠)で放送されている『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(以下、『いつ恋』)は、東京で暮らす地方出身の若者たちの恋愛群像劇だ。脚本は『最高の離婚』や『問題のあるレストラン』(ともにフジテレビ系)の坂元裕二。チーフ演出は近年の坂元作品を手掛ける並木道子。近年もっとも先鋭的な娯楽作を書いてきた坂元が、出世作となった『東京ラブストーリー』を発表した月9で、再び恋愛ドラマを手掛けるということもあり注目されていた『いつ恋』だが、想像を上回る素晴らしい仕上がりだった。

 物語は、東京で暮らす曽田練(高良健吾)が北海道で暮らす杉原音(有村架純)と出会うところから始まる。音は幼少期に両親を亡くし、里親の林田雅彦(柄本明)に引き取られて北海道で暮らしていた。成長した音は林田の進めで、地元の名士である白井篤史(安原顕)との婚約が決められており、来月には結婚する予定だった。

 そんな音の前に練が現れる。練は、友人が盗んだ(と思われる)鞄の中に入っていた手紙を読んだことがきっかけで、鞄(と手紙)を北海道にいる音のもとに届けに行く。東京から来た練に音は興味を持ち、町を案内する。かつてこの町にはダムができるはずだったが、10年前に建設中止になったという。

「警報のサイレンが鳴って、みんないっせいに町から逃げ出していくの。誰もいなくなった後に、大きな湖だけがひとつ残るの。ずっとそういうの想像してたから」

「こんな街、ダムの底に沈んだらええのに」と、音は思っていた。

 第一話では練と音の会話劇に多くの時間が費やされる。坂元裕二は、男女のやりとりを描くのがうまい脚本家だ。中でも素晴らしいのは二人がファミレスに行く場面。一度もファミレスに来たことがないという音は、メニューの豊富さに驚き、別々の料理を頼んでお互いに食べ合うということを面白がる姿は、実に微笑ましい。本作は恋愛ドラマだが、練の視点を借りて音の魅力をこれでもか。と、見せてくる。まるで音(あるいは有村架純)のPVのようだ。

 一方、節々に挟みこまれるのが、『問題のあるレストラン』でも執拗に描かれた、鈍感な男たちの無自覚な悪意だ。例えば、音が家に帰ってくると、白井が庭でBSのアンテナを取り付けているのだが、その際に音が育てていた花をゴミ袋の中に放り込む。また、車に乗っている白井がクラクションを鳴らす場面があるのだが、学校帰りの小学生が車の前で転んでいて、子どもが急いで起き上がって立ち去った後に、窓を開けて満面の笑顔をみせる。

 この後、白井は音にウェディングドレスを見せるのだが、家賃が払えないシングルマザーの伊藤さんのために家賃代32000円を貸してくれませんか。と頼む音に対して「後先考えずに子ども産んだ人なんて、甘やかしちゃダメだよ」と、シングルマザーの母親に育てられた音に対して、さらりと言うのだ。

 こうやって箇条書きにすると、白井がすごく嫌な奴だとわかるのだが、安原顕の演技もあってか、注意深く見ていないと見過ごしてしまう描写が多い。おそらく、意図的にわかりにくく見せているのだろう。それは柄本明が演じる林田も同様だ。普段、柄本が演じることが多い粗暴な老人に較べると演技が抑制されているため、普通の人に見えるが、それだけに無自覚な悪意が際立っている。

 彼らの振る舞いは、最初は小さな違和感として心に残る。何かおかしいが、それを指摘したら逆に怒られやしないか? 悪く思う自分の方が悪いんじゃないかと思わされてしまうような悪意が、劇中に散りばめられていて、そんな悪意に音が苦しめられていることが、だんだんわかってくる。

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