菊地成孔の欧米休憩タイム〜アルファヴェットを使わない国々の映画批評〜 第3回(前編)

菊地成孔がキム・ウビン主演『技術者たち』を解説「『ルパン三世』実写版と併映で観るべき」

「金庫破り映画」そして元ネタと新ネタ

 慎重に解説を進めて行くならば、この映画は、前述の『オーシャンズ』型、つまり金庫破りのサスペンス映画で、しかも所謂ねずみ小僧型というか、ちょっとした義賊であって、盗むのはとんでもない大金ですが、政府の裏金で、誰も傷つきません。最大の悪役すら、、、危ないこれ以上は絶対に言えない。口が滑りました。とにかく、何の予備知識も無く観るべきですね。

 『オーシャンズ』と並び、『黄金の七人(1965年/イタリア)』を上げたのは、犯行側がエキスパート(技術者)であること、彼等が、わざと刑務所に収監されて、一時的に脱獄して、黄金を盗み出し、刑務所の中で合流し、正式に釈放されてから山分けするという計画だったが、、、、というヨーロッパ版の完全犯罪映画の極点だと思います(『ルパン三世』の元ネタだという説は根強いですが、実際にどうかはワタシは解りません)。ただそこでも、イタリアだけに過分にエロが入ってきたりして(これははっきりと『007』の影響ですが)。あと音楽がすごいよかったりして。サントラは90年代に盛んに渋谷系でパクられました。懐かしいなあ。

ラーメンばかり食うと内蔵を壊す

 とこう、全くネタバレができない事によって、批評や紹介としては、周りをぐるぐる回るしかないんですが(笑)、状況論的に言うと、前述の「この種の映画につきまとう<もう新しい事は無いんだという重苦しい感>」というのは、ラーメンじゃないですけど、塩と脂を強めるしかない。

 ラーメンは弱めたり逸らしたり出来るので、ある意味ラーメン以上に方向性が固定されてしまっているというか、まあ“萌え”のヴァリエーション、としか説明出来ないんですが、<殺伐さ/残酷さ>という塩と脂の投入というショック、それに慣れてしまう麻痺、更に塩と脂を投入、というサーキュレイションから脱せなく成ります。

 例えば、『キングズマン』(や、同じ監督の『キック・アス』)みたいな映画は、あんなに残虐に人を殺さなくたって充分成り立つと思うんですが、エゲツないぐらいナイフが刺さっていくCGとか、首がひねり殺されるシーンとかを一応入れないと、血に飢えた若者がお腹いっぱいにならないから(笑)、入れていかなきゃいけない。

 ワタシは、現在のラーメン映画(或はテレビドラマ)の塩と脂は「昔だったら絶対に殺されないであろう、愛すべきキャラが途中で惨殺される」「完全に味方である筈の人が実は悪者、という、腰が抜ける様などんでん返し」の2つがデフォルトだと思っており、もう、凡庸なラーメンを食い始めると(そもそもあんまり食いませんが)、「あ、この人殺されたら嫌だな。という事は殺されるな」と思うと、果たして喉をジャックナイフで切り裂かれたりするので辟易してしまい、まあ、タランティーノの負の遺産だからしょうがないとはいえ、どこかで「薄味に戻すタイミング」がないと、鬱病で共倒れ、といった閉塞感に胃がもたれてしまいます。ラーメン二郎の食べ過ぎで内蔵を壊す的な。

 『技術者たち』は、その事を何とかしよう志(こころざし)によって生まれた様な映画で、非常にきれいに犯罪を、そして映画を終わらせます。ただ、伏線に次ぐ伏線、どんでん返しに次ぐどんでん返しというのが、もうそれだけで映画が進んでいくので、1回脱輪して、「あれ、今の何だった?」と思ったが最後、もうわからなくなっちゃうという意味では、リスクが高いです。やっぱり圧倒的な脚本の力ですよね。あとはもうみんなただ、脚本に書いてあるとおり動いている操り人形みたいなもので、それだけでも十分映画が成立する。

日本では失われた物語(『ルパン三世』の実写版以外)

 なので、これは日本映画界disとかじゃなくて、今の日本映画には全く失われてしまった遺産というか。日本の脚本家で、歴史上いっぱいある犯罪ゲーム型映画を何百本と観てリスペクトし、脚本をシコシコ書いているオタクの脚本家なんか、いま1人もいないはずです。「緻密な脚本」は、怖い物か、メタな物か、萌えな物に行く、そういう意味では、韓国はまだ昭和であり、マッチョなアメリカに近いんです。この連載の中で、韓国映画を取り上げると、毎回この話が出ちゃいますが、韓国は都市部に基地があるから、米軍との関係ということから、アメリカンカルチャーが日本ほど廃れていないというか、まだまだアメリカ型の娯楽の型が残っています。

 韓国映画史上、この種の映画で最も成功した作品に、『10人の泥棒たち』(2012年)というのがあって。これはもう“10”という数を入れている段階で『オーシャンズ11』を意識しているんですが(笑)、『技術者たち』とは違い、スペクタクルや「お色気」的なスタンダードなエロ等々のサーヴィスが満載で、大いに興収も上げました(まだ新人だった頃の今の四天王のキム・スヒョンも若造で出ている)。

 何せ「10人」のうち3人は、スタイル抜群で綺麗な女性で、特に『猟奇的な彼女』に主演したチョン・ジヒョンが、女子部の主演のいわゆる峰不二子というか、スパンデックスでできた犯罪用のキャットスーツを着て、かなり際どいアクションがあったり、水着になって豪華ホテルの水槽型プールに潜ったり、とても20世紀的です。ストレートに「黄金の七人」やボンドガールに繋がっている。『技術者たち』は、これよりも更に純化しています。

 義賊が完璧な犯罪をやって、大金を盗み出す、知恵比べの痛快アクションなんて、もう日本では企画も出ないでしょう。それの最後が小栗旬の実写版『ルパン三世』かも知れない。港に金が揚がるから、港町がすごい出てきます。だから、コンテナがいっぱい並んだ湾岸で追いかけ合うシーンが長い。そういう意味では、テレビシリーズのルパンが盛り上がる前に作られた有名なカルト映画で、田中邦衛が出演した最初のルパンの映画『ルパン三世 念力珍作戦』とか、『太陽にほえろ』とかの記憶も召還します。

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