『007』シリーズ最新作日本最速(?)ロングレビュー

王道回帰にして、それ以上! 『007 スペクター』でメンデスが示した英国人監督の矜持

 

 そう考えると、メンデスが英国人監督代表の名誉を賭けてノーランを意識するのも無理はない。それは単純な対抗意識というだけでなく、スタッフをノーラン組で固めることによって、場合によっては次作でスムーズにバトンを渡すことも視野に入れているのはないかとさえ思わせた。ちなみに、メンデスよりさらに年上の人気英国人監督にはダニー・ボイルがいるが、実は彼もちゃっかり2012年のロンドン・オリンピック開会式典でジェームズ・ボンドの演出は経験済みなんですよね。共演は本物の女王陛下で。

 しかし、『スペクター』の見事な出来映えは、もしこの先ノーランの出番があるとしても、それは当分先なのではないかと思わせるものだった。ノーラン組を集めてみせたのがまるでフェイントかのように、本作『スペクター』は眉間に皺を寄せたようなあの『スカイフォール』のノーラン的タッチとは真逆で、思いっきりエンターテイメントに振り切った、つまりは『007』シリーズの伝統に寄せた作品となっている。ダニエル・クレイグがボンドを演じるようになってから、出番が限られてきたM(レイフ・ファインズ)やQ(ベン・ウィショー)をはじめとするMI6の面々(個人的にはマネーペニーちゃん推し!)にも今回はちゃんと見せ場が用意されているし、往年の『007』シリーズに比べてセクシーさは相変わらず物足りないものの、もう一つのエッセンスであるユーモアは作品全編に散りばめられている。この旺盛なサービス精神と優れたバランス感覚は、メンデスのこれまでの作風を踏まえると『スカイフォール』以上の驚きと言っていい。

 本作完成後のインタビューにおけるダニエル・クレイグの「もう1本ボンドを演じるくらいならこのグラスを割って手首を切った方がいい」発言(契約上はあと1本残している)、本作での続投前に一度製作サイドとこじれたサム・メンデスの再続投の可能性、ソニーとMGMの提携更新問題などなど。次作以降に関してはいまだに不透明なところも多いが、とりあえずメンデスは本作『スペクター』で、『007』の王道に華麗なる回帰をしてみせて、これまでのクレイグ・ボンド3作品におけるすべての伏線に決着をつけながらも、今後のあらゆる可能性(継続性のある続編/ボンド役が変わってのリブート)に対してはオープンという、これ以上ないほど見事な着地点を見出してみせた。監督や役者が同席しているわけでもない上映で終映後に拍手をすることにいつもは気恥ずかしさを覚える自分も、ラストシーンが終わった瞬間、気がつくと満面の笑みで大きな拍手をしていた。『スペクター』はそんな作品である。

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」「ワールドサッカーダイジェスト」ほかで批評/コラム/対談を連載中。今冬、新潮新書より初の単著を上梓。Twitter

■公開情報
『007 スペクター』
12/4(金)より、TOHO シネマズ日劇ほかにて全国ロードショー
11/27(金)、28(土)、29(日)先行公開
監督:サム・メンデス
主題歌:サム・スミス「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」
出演:ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レイフ・ファインズ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ、モニカ・ベルッチ、イェスパー・クリステンセン、アンドリュー・スコット、デイヴ・バウティスタ
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