名もなき乳母は名写真家だったーー『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』が導き出す真実
だが一方、このあたりに差し掛かると、監督の表情がうっすらと曇り始めているのが伺える。それはいわゆる発見者の苦悩というやつなのだろう。「彼女の写真を公表したのは正しかったのか?」。そんな自問に苛まれている様子が伝わってくるのだ。
そんな中、マルーフ監督が中盤、フランスの田舎町で辿り着くひとつの「答え」は、観客にとって「ナニーは名写真家」というキャッチーな要素に匹敵するほどのインパクトでは決してないものの、しかしマルーフ自身にとっては非常に大事な核心部分だったのだと思う。ここで確証が得られたからこそ彼は、亡きヴィヴィアンの意志を見極め、彼女の存在と作品そのものを世界に向けて紹介しようと腹をくくったに違いない。
そうした意味でも、本作は紛れもなくヴィヴィアン・マイヤーの物語でありながら、同時にジョン・マルーフという青年の「発見から決断まで」の物語でもあると思うのだ。
歴史書を紐解くと、そこには存命中に正当に評価されたなかった大勢の芸術家の名前が満ちている。物事の真価は歴史が証明してくれるなどと人は言うが、ことヴィヴィアン・マイヤーに関して言うならば、ヴィヴィアンとマルーフというふたりの人間が時空を超えて繋がったからこそ、歴史は初めて重い腰を上げて物事の真価を証明し始めたことになる。
ヴィヴィアンの伝説はまだまだ世界中に、多くの目撃者を必要としているはず。もちろん、この日本にも。ぜひ劇場でこの静かな驚きの物語に身を浸してみてほしい。『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』はそうやって観客と共に真価を見つめようとするドキュメンタリーなのだ。
■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter
■公開情報
『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』
10月 シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
監督・脚本:ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル
製作総指揮:ジェフ・ガーリン
プロデューサー:ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル
音楽:J・ラルフ
撮影:ジョン・マルーフ
編集:アーロン・ウィッケンデン
2013年/アメリカ映画/83分/原題:Finding Vivian Maier
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
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