映画『ぼっち・ざ・ろっく!』は涙なしには鑑賞できない? 異色のエピソードがアニメ化される意義

はまじあきの漫画『ぼっち・ざ・ろっく!』から、新しいアニメ映画が誕生する。2027年に登場の『映画ぼっち・ざ・ろっく! 星のあしあと』は、単行本の第5巻に収録の「特別編 星に手向けるあいの花」が原作。「結束バンド」のリーダーでドラマーの伊地知虹夏と姉の星歌を主役にした、ギャグがメインのシリーズにあってしんみりとして泣ける異色のエピソードが、若林信監督や脚本の吉田恵里香によってどのようなアニメに仕立て上げられるのか?
高校デビューを果たそうとギターを背負って学校に行ったものの、誰とも絡めずひとり公園でたそがれていた後藤ひとりに声をかけ、「結束バンド」の結成へとつなげた伊地知虹夏から受ける印象は、いつも元気で前向きなリーダーといったものだ。
どこまでもネガティブなひとりに、何を考えているか分からないベースの山田リョウ、明るさが弾けまくっているボーカルの喜多郁代といった、くせ者しかいないメンバーをまとめ、活動を支えてきた虹夏。原作で「結束バンド」が、ティーン限定のバンドコンテスト出場を勝ち取り、レコードデビューを果たし、直近の連載で描かれている東名阪ライブハウスツアー実現まで至れたのも、虹夏の頑張りがあったからだろう。
虹夏がそこまでできたのは、ひとつの大きな目的があったからだ。それは、有名になって姉の星歌が営んでいるライブハウス「STARY」を観客でいっぱいにしたいというもの。そうした虹夏の姉を思う気持ちは、第1巻やTVアニメなどで星歌がバンドを辞めた理由を、初ライブ後の打ち上げ会場の外で、虹夏がぼっちに語るシーンから感じ取れる。
ただ、元がギャグ四コマということもあり、何をしても笑えるぼっちの奇矯なふるまいが、そうしたシリアスなやりとりを霞ませる。アニメの場合はなおさら、オーバーだったりデフォルメされていたりする表現に関心が向かってしまい、虹夏と星歌の関係から意識が遠ざかる。
ここで重要なのが、「星に手向けるあいの花」には、ひとりもリョウも喜多ちゃんもまだ登場していないという点だ。常に酔っ払っているベースの廣井きくりの姿もない。ドタバタのない展開の中で、星歌と虹夏がどのような姉妹だったのかが淡々と描かれていく。
姉の星歌と一緒にいることが好きだった虹夏。そんな虹夏から離れてバンド活動にのめり込んでいく星歌。2人の母親や父親は、星歌にもうちょっと虹夏に優しくしてと言うが、星歌はそれをうっとうしく思ってしばらく家を空ける。そこに母親が訪ねてくる。「虹夏に寂しい思いをさせちゃだめ」と星歌に言い、「世界一仲のいい姉妹でいてほしいの」とお願いする。ライブにまた虹夏を誘ってあげてと言い残して、母親は家へと帰っていく。
そして、誰もが心を焼かれ、激しく涙を流す時間がやってくる。
星歌はバンドを辞める。下北沢にライブハウスの「STARRY」を開く。そこで虹夏がバンド活動を頑張っている姿を見守っている。「世界一仲のいい姉妹でいてほしい」という願いを聞き続けるために。
そうなのだ。この「星に手向けるあいの花」は、「結束バンド」でもそのメンバーの虹夏でもなく、星歌をメインにして描かれた作品なのだ。
強面で、音楽に厳しいライブハウスの女性店長といった星歌に、そうした過去があり抱えている思いがあったことが分かるストーリー。そして、虹夏がバンドを組んでステージに立ち有名になりたいと願う理由に、改めて触れることができるストーリー。それが、「星に手向けるあいの花」なのだ。
これがアニメ化されたとしても、TVシリーズや2本の映画のような、コミカルでシュールで笑いと驚きに溢れたものにはならないことは想像がつく。アニメで作品に触れた人は、これは本当に『ぼっち・ざ・ろっく!』なのかと疑問を抱くかもしれない。けれども、『ぼっち・ざ・ろっく! 星のあしおと』は間違いなく『ぼっち・ざ・ろっく!』だ。付け加えるなら、原作に寄り添おうとする意識を映した『ぼっち・ざ・ろっく!』だ。
斎藤圭一郎が監督を務めたTVアニメの1期は、けろりらによるキャラクターデザインとも相まって、コミカルでシュールなアニメだという印象をまず抱かされた。やがて、奥に音楽活動にだんだんとのめり込んでいく女子高生たちの姿が見えて、ここぞといった場面で熱い展開をぶつけられて感動させられた。
原作の方も、ギャグ四コマという形式もあって、ひとりを中心にコミカルなシーンで楽しませてくれていた。ただ、シュールさの濃度はそれほど高くはなく、掲載分の話数でひとつのストーリーを描いていく中に、しんみりとさせられるエピソードを織り交ぜて、現実の世界で女子たちが頑張ってバンド活動に取り組んでいるところを、割とシリアスに描いている。巻数が進めば、コンテストに挑みそこで勝ち上がろうと頑張り、いつもと違うライブハウスの雰囲気に戸惑いながら、バンドとして成長していくストーリーが繰り広げられていく。
そうした原作の雰囲気を、監督が斎藤圭一郎から山本ゆうすけに代わる2期では、しっかりと汲んでいこうとしているのかもしれない。そうしたシフトの過程に『星のあしおと』を織り交ぜることで、『ぼっち・ざ・ろっく!』という作品が持つ、基本はギャグでもしんみりとしてシリアスなところもある作品だということを、知ってもらおうとしているのかもしれない。若林信が監督に起用されたのも、そうした演出を期待してのことなのかもしれない。
アイドルグループ「22/7」のメンバーを取り上げていく『22/7「あの日の彼女たち」』というショートアニメを手がけた若林監督は、学校や電車や通学路や喫茶店といったリアルな日常の風景の中に少女のキャラクターたちを置いて、動かしたり会話させたりしながら、少女たちの心情といったものを感じ取らせた。堀口悠紀子がデザインしたキャラクターも、そうしたリアルな背景に馴染んだものになっていた。
同じ若林監督で堀口のキャラクターデザインということで、『星のあしおと』も原作の「星に手向けるストーリー」に描かれていたリアルな日常感を持った世界で、星歌と虹歌の姉妹がどのような経験をして、どのように考えながらどのように生きてきたかが、淡々とした展開の中に綴られていくものとなるだろう。脚本の吉田恵里香も、切実なドラマを描くことに長けている。
『星のあしおと』でそうした脚本と演出によって感涙に浸らせておいて、TVアニメの2期では1期と同じギャグ満載のものへと戻る可能性も皆無とは言い切れない。それこそがアニメの『ぼっち・ざ・ろっく!』だと思っている人も少なくないからだが、いったん『星のあしおと』で伊地知家の事情を見てしまい、星歌の後悔と虹夏の思いを知ってしまったアニメの視聴者の心が、コミカルでシュールなひとりの一人舞台を笑って楽しめるかというと難しい。
はたしてTVアニメの2期はどうなるのか。その可能性をうかがう意味でも、『星のあしおと』がどのように描かれ、どのような反響があるのかを見守る必要がありそうだ。
























