デフレ不況下における日銀総裁の「役割」とは何だったのか? 黒田東彦の回顧録『独白 デフレとの闘い』を読む

「塩爺」から学んだ「役割」の重要性
『独白――デフレとの闘い 異次元緩和の10年と物価安定の真実』(光文社。以下、本書)は、そのタイトルの通り、デフレ脱却を旗印に異次元の金融緩和を断行した第31代日銀総裁の黒田東彦による回顧録である。そのため、2013年3月の日銀総裁就任以降が本題ではあるが、それ以前の財務官僚時代の回顧に印象的なエピソードが記されている。黒田が「プライベートでも親交を結んだ唯一の政治家」と挙げる故・塩川正十郎との交友である。
塩川は2001年から約2年半、小泉純一郎内閣で財務大臣を務めた。好々爺然とした風貌や人柄が親しまれ、「塩爺」の愛称が2001年の第18回新語・流行語大賞でトップ10入りするなど、国民人気が高かった。
当時、財務省で財務官を務めていた黒田が、米財務長官のポール・オニールと会談する塩川に随伴して訪米した折である。財務相就任直後の塩川に、黒田は事前説明を入念に施し、分厚い資料を託した。しかし、いざ会談の場で塩川は、資料の内容はほぼ口にせず、自分の言葉で小泉政権の成立経緯や運営方針を滔々と語りはじめた。その後、間もなくしてG7財務相会議が開かれるが、オニールは塩川が会議で発言するたびに「彼の言う通りだ」と同調するほど、塩川に信頼を寄せていた。
「その様子を目の当たりにしたとき、私は、塩川氏は自分の役割というものがよくわかっている政治家なのだと、深く感じ入った」
そう黒田は回想する。なお、塩川は政界引退後、東洋大学の総長を務めたが、黒田が総長の仕事は何かと尋ねると「入学式と卒業式で挨拶をすること、それと学生の就職の世話をすることだ」と笑って答えたという。
「15年もデフレの国は世界中に一つもない」

本書の副題は「デフレとの闘い」だが、その記述から黒田がいかにデフレ脱却を日銀の「役割」と捉えていたかが分かる。総裁就任直後、日銀幹部を前に行った就任挨拶で黒田は以下のような内容を述べた。
「日本経済は1998年以来、15年も続くデフレに悩まされており、そんな国は世界中に一つもない。中央銀行の主な使命が物価安定であるならば、98年の新日銀法の施行以来、日銀は使命を果たしてこなかったことになる」
ここでの「使命」を、「役割」と言い換えても差し支えないだろう。本書で黒田は、金融政策だけでは物価を左右できないと留保する一方、長期的に見れば物価は金融政策でコントロールできるとして、「物価を安定させる役割を担えるのは中央銀行だけであり、だからこそ、中央銀行は物価安定についての責任を負っている」と述べる。デフレ脱却こそが日銀の役割であり、そのコミットメントを示すのが自らの役割であると、総裁就任当時から強く認識していたことがうかがえる。
ちなみに、黒田は10年にわたる総裁任期中、自ら原稿を書いたのは、前職までの経験を語った一部講演を除けば、上記の挨拶文のみだったと述べている。就任直後に話題を呼んだ、物価安定目標2%、達成期間2年、マネタリーベース2倍の「トリプル2」をフリップに掲げる記者会見も、雨宮正佳(当時、日銀理事)のアイデアであった。「総長の仕事は挨拶」と言い切った塩川の面影が、どことなく重なる。
「政府の圧力」はなかった
黒田日銀は政府との関係をめぐって、しばしば批判を集めた。政府の圧力によって金融緩和や物価安定目標が決定され、日銀法に定められた「日銀の独立性」が損なわれているとする見方だ。それを黒田は「政府は日銀に圧力をかけようにもその手段を有していない」と反論する。事実、政府に金融政策について日銀に指示する権限はなく、総裁や副総裁を更迭する権限もない。
また、国債・ETF(上場投資信託)の大量買い入れを「財政ファイナンス」(政府の財政負担軽減を目的にした中央銀行による国債の引き受け)とする批判に対しても、政府の財政の穴埋めではなく、デフレ対策を目的とした措置であり、財政ファイナンスには当たらないと反論する。デフレ脱却こそ黒田日銀の「役割」であり、異次元の金融緩和はあくまで自主的な政策だという姿勢は、ここでも共通している。
では、総裁任期の末期から急速に進んだ円安については、どうか。10年以上に及ぶ長期間の金融緩和が過度な円安の原因であるとする分析は多い。これについて黒田は、日銀と財務省の「ディビジョン・オブ・レイバー(役割分担)」であるとする。つまり、為替の安定は、日銀の「役割ではない」のである。
「中央銀行の役割は物価の安定を図ることであり、金融政策はそのために実行している。他方、為替の動きをコントロールするのは財務省の役割である。(中略)つまり、日銀には為替をコントロールする権限も義務もない」
「役割」の意義と限界
続けて、黒田は経済規模の大きな国で中央銀行が物価と為替の両方に権限を有すると、物価安定が優先され、かえって為替が安定しないと付け加える。さらに、日米の金利差に現在の円安の要因を求める「金利格差論」にも異を唱え(2024年以降、日米の金利差は縮小傾向にあるが円安基調は続いている)、マイナス金利政策による影響を否定する。
ここでの「役割ではない」を、どう受け止めるべきか。言い訳や責任逃れにも感じられる。一方で、金融システムの頂点たる日銀総裁であっても、常に「役割」に縛られ、規定され、その制限のなかで最善の道を模索せざるを得ないのも、また事実なのだろう。
異次元の金融政策は「黒田バズーカ」とも呼ばれた。大胆な印象に反して、その中心的人物は、自らの務めを全うしようと10年にも及ぶ愚直な闘いを続けた。
黒田日銀が目標としていた消費者物価上昇率が前年比2%台に乗ったのは、黒田の任期末期の2022年。しかし、これはウクライナ戦争勃発に伴う原油価格高騰による影響が大きく、景気改善に必要な賃金の上昇が見られ始めたのは、黒田退任後の2024年だった。これについて、黒田は「金融緩和は物価安定目標を達成できなかったものの、デフレでない状況をつくり出した点ではおおむねうまくいった」と総括する。黒田が「役割」を全うしたかどうか。その評価が今まさに下されようとしている。
■書誌情報
『独白 デフレとの闘い 異次元緩和の10年と物価安定の真実』
著者:黒田東彦
価格:2,420円
発売日:2026年10月15日
出版社:光文社






















