横浜流星 × 広瀬すず『汝、星のごとく』原作のポイントは? “公認の浮気”の背景にある取捨選択

 第20回本屋大賞を受賞した凪良ゆう『汝、星のごとく』(2022年)を原作とした映画(藤井道人監督。横浜流星、広瀬すず主演)が、10月9日に公開された。この物語が、青埜櫂(あおのかい)と井上暁海(いのうえあきみ)という男女の高校時代から15年間の関係を描いていることは、事前に情報として知らされている。だが、凪良の原作小説を読み始めると、短いプロローグの内容にまず戸惑う。

凪良ゆう『汝、星のごとく』(講談社文庫)

『汝、星のごとく』は、「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく」と書き出される。「あんたんち、ほんと、すごいね。奥さん公認の浮気って異常だよ」といわれた結という娘が、「わたしは慣れてるけど」と返す。近所の人々は「北原先生も浮気なんてねえ」、「その前に暁海ちゃんが相当しでかしたから」などと話している。なにやらドロドロしている。どうやらそれらを見聞きしている「わたし」が暁海で、夫は「北原先生」らしい。周囲は不倫を噂話という娯楽のネタにしているが、当事者の家族はそれを特に異常なこととは思っていないようだ。プロローグに櫂は登場しない。

 井上暁海が高校生だった頃に時間が巻き戻って、物語の本編が始まる。舞台は瀬戸内海の小さな島。彼女の父がべつの場所に愛人を作って家を出たため、母は精神のバランスを崩している。一方、島へ移ってきた青埜櫂は、男に惚れては捨てられることを繰り返す母と暮らしていた。夫の浮気が知れ渡っている井上家と、地元で唯一のスナックを営み島の女たちとは異質な母と息子の青埜家は、狭い地域社会で好奇のまなざしから逃れられない。危うさを抱えた母親をいずれもケアせざるをえない17歳の暁海と櫂が惹かれあうのは、自然ななりゆきだった。「海」と船の「櫂」が入っているあたりも、2人の結びつきの強さを暗示したネーミングだろう。

 高校時代の章は、辛い境遇にありながら懸命に生きる暁海と櫂のけなげさ、純朴な愛情が描かれていて、これがどうしてプロローグのようなややこしい未来につながるのか、見当がつかず戸惑う。その点への興味を頭の片隅に置きながら、読み進めることになる。

 この小説には印象的な表現が多い。暁海と親しくなり「同じ群れの仲間」を見つけた櫂は、「泥棒に荒らされ、部屋中の引き出しが開きっぱなしになっている部屋のような関係だ」と感じる。互いの家の事情を知った2人は、ともに自分をさらけ出したのだ。とはいえ、彼と一線を越えた時に暁海は「初めて味わう幸せに浸りながら、自分の手が届かない場所に一生消えない跡をつけられたような不安感もあった」と思う。後の展開を読めば、櫂も暁海から同様の「跡」をつけられていたと察せられる。相手に対し「引き出しが開きっぱなし」と自覚しているだけでなく、「手が届かない場所」に自分には把握できない跡をつけられた。このことを大人になっていく2人は、引きずるようになる。わかっていることと、わからないまま消えない跡が残っていることのズレでもがくのだ。

 暁海と櫂の近くには、放っておけない母親だけでなく、彼らを見守ったり、示唆を与えたりする大人もいる。高校の化学の先生で結という娘がいるシングルファーザーの北原は、なにかと彼らを気づかう。それは、必ずしも彼の立場にふさわしい正しさで行われるのではない。暁海と櫂の関係を知った際、コンドームを渡し、それを使う場所の提供を申し出るような、教師らしからぬ援助もする。

 また、父の愛人であり母の心を壊した敵であるはずの林瞳子に暁海は、次第に憧れるようになる。「好きに生きていいの」といい放つ瞳子は「自分の人生を生きることを、他の誰かに許されたいの?」と問うて、自分で自分を縛りつけていた暁海の考え方を揺さぶるのだ。暁海と櫂の親は、それぞれ身勝手な行動をして子どもを苦しめているが、北原や瞳子は自分の身勝手さや欲望を自覚し、肯定して、それによって生じる不利益があることも承知したうえで生き方を選択している。そうした大人が存在することが、暁海と櫂の成長に影響を与えていく。

 ネットを通じて作画を担当する久住尚人と出会った櫂は、漫画原作者として彼とタッグを組む。編集者に才能を見こまれた櫂は、高校卒業後、島から東京へ旅立つ。だが、自分も出ていくつもりだった暁海は、いっそう不安定になった母を支えるため島に残らざるをえない。櫂も離れた場所から、母の無心に応じ続ける。暁海は、男女差別が色濃く残る地元企業に勤めた。そんな日々のなか、瞳子が仕事にしているオートクチュール刺繍に魅了され、自分もそれに打ちこみ、職にしたいと願い始める。

 遠距離恋愛でやがて暁海と櫂の意識がすれ違い始めるのは、必然だ。狭い世間で終始する島と華やかな都会。刺繍が趣味の域を出ない暁海と、プロとして漫画のヒット作を出した櫂。「彼女っていうか、なんか実家みたいだな」と尚人が評するような2人の関係は、櫂にとっては心地よくても、都会の女性並みにふるまいたい暁海の望むものではない。そのへんの心理描写の細やかさは、胸に響く。

 櫂も挫折を経験し2人の関係はさらに変化する。島に残った暁海には周囲の目や噂話が、人々に知られるようになった櫂と尚人にはネットのバッシングが、鬱屈をもたらす。暁海も櫂も、親のようにはならないと思っていたはずなのに親のようになっていたり、親が選んだのと似た相手と関係を持ったりする。矛盾した心情や行動をとらざるをえない人間の愚かさ、弱さ、愛おしさが描かれていることが、共感を呼ぶ。

 主役2人だけでなく、登場人物それぞれの様々な愛や欲望の形が語られる。彼らのべつのエピソードを集めた続編『星を編む』(2023年)が書かれたのもうなずける。『汝、星のごとく』には「誰とでも、なにとでも、結婚できればいいのにとも思う」という暁海の心の言葉が書かれていた。それは、凪良ゆうが今年刊行した『多類婚姻譚』につながる発想でもあるだろう。

「捨てる。選ぶ。/意味はちがうのに限りなく近いふたつの言葉。/わたしはなにを捨てて、なにを選べばいいのだろう」という暁海の自身への問いかけが、この小説の性格を表現している。きっと読者も、それについて考えることになる。プロローグに書かれた場面は終盤にあらためて出てくるが、登場人物たちがたくさんの取捨選択を経たと知った後には、まるで違った意味に読めるはずだ。

■公開情報
『汝、星のごとく』 
10月9日(金)全国公開
出演:横浜流星、広瀬すず、松村北斗、中村アン、濱田岳、尾野真千子、木村佳乃、石田ゆり子、長谷川博己
原作:凪良ゆう『汝、星のごとく』(講談社文庫) 
監督:藤井道人
脚本:安達奈緒子
音楽:大間々昂
主題歌:RADWIMPS「夕星-ゆうづつ-」
制作プロダクション:TOHOスタジオ、ドラゴンフライ
配給:東宝
©2026「汝、星のごとく」製作委員会 ©凪良ゆう/講談社
公式X(旧Twitter):https://x.com/nanji_movie
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