【漫画】通勤時にハトとおじさんと遭遇ーー日常の何気ない美しさを描く『空を向く』

 夜遅くまで机に向かう多忙な日々の中、ふと目を奪われる光景に遭遇することがある。そんな一幕を描いた漫画『空を向く』がSNSに投稿されている。本作で描かれるのは朝の光が照らす川、川辺に咲く花、空を羽ばたくハトといった日常的なものばかり。しかし随所に技巧を凝らした本作を通じて、ありふれた景色の美しさを再認識できるはずだ。

 作者・沼木とろさん(@tororobox)に、本作を創作したきっかけ、光と影、風を表現するなかで意識したことなど、話を聞いた。(あんどうまこと)

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『空を向く』(沼木とろ)

ーー本作を創作したきっかけを教えてください。

沼木とろ(以下、沼木):時折、慣れなかったことが板についてきたり、苦手なことへの対処法を見つけたりなど、苦労してきたことが花開く前の蕾になっていると感じることがあります。その蕾の花がまだ開いていなくても、いつか苦労が実を結び花を咲かせる希望を、空を飛ぶハトに重ねて漫画を描こうと思いました。

ーー本作を描くなかで、とくに印象に残っている描写は?

沼木:6ページにあるキバナコスモスです。鮮やかな朱色が朝日に照らされると美しい花であり、主人公のモデルとなった花です。物語に直接的な影響はないため、何度かキバナコスモスの描写を削ろうとしましたが、心に残った情景なので残しました。キバナコスモスを描いた結果、感じたまま描くことの純粋さや、感情が入ったこだわりが表れ、自分の描きたいと思った描写が物語の品格に繋がると気づきました。

ーー本作は台詞がすべて手書きの文字として描かれています。

沼木:文字にも注目いただきありがとうございます。本作はふらっと散歩に出るように、リラックスしながら読んでもらいたい漫画なので、きっちり整ったテキストより、インク溜まりや癖がある手書き文字の方が向いていると思います。また、漫画の中で話す人の気持ちも、文字に表れているのかもしれません。

ーー夜中の事務室の暗さ、朝日が反射する川沿いの明るさの対比など、光と影の存在が印象的な作品であると感じました。

沼木:太陽の光と室内の光はそれぞれ印象が大きく違います。川辺のシーンでは太陽光に包まれる様子を、室内のシーンでは点在するPC画面や蛍光灯の光に翻弄される様子を意識して描いています。それらの光が混ざり合ったのがクライマックスの14ページです。室内に日が差し込み、強い風が吹く情景は、主人公が殻を破る印象的なシーンです。

ーー目には見えない「風」を絵として表現するなかで意識したことは?

沼木:ハトの群れが通ると、強く羽ばたく音と風が生まれ、まるで空を支配しているような迫力があります。また、風が川の水面を撫でるとき、水面にはっきりと境界ができて、鯨かなにかが泳いでいるように見えます。風は、ハトの群れ同様、形や大きさを変えて世界を自由に飛び回ると感じます。そんな体験を意識しながら風を描きました。

ーー本作を象徴する独白「風が吹けば飛べばいい/羽が乾くまで/今は/空を向く」に込めた思いを教えてください。

沼木:この一節には主人公の強い決意が込められています。読む人の経験に重ねて、自由に捉えてもらいたいため具体的な解説はしませんが、少しお話すると「未来を急がず、自然の流れに身をまかせ、今ある豊かさに目を向ける」ということです。

 川辺のシーンやクライマックスで爽やかな気分になっていただくだけでもリフレッシュになるでしょうし、作品を読む時期によって捉え方も変わります。広く、色々な感覚を本作では楽しんでもらいたいです。

ーー漫画作品を描きはじめたきっかけを教えてください。

沼木:頑張る人の張り詰めた心をほどくため、2021年にシリーズ漫画『回想ホテル』を発表しました。漫画をしっかり描きはじめたのはこの作品からです。コロナ禍で自身が頑張りすぎた時期があり、自分を見つめ直すために本シリーズを描きました。未熟ながらも実験的で、羽を広げて制作したおかげで、自分の苦手な部分をコントロールできるようになったと感じています。

ーー今後の活動について教えてください。

沼木:読む人の故郷になれるような本を出版するという夢があります。装丁にも興味があるので、即売会に参加するなど、今はその時々の出会いに感謝しながら、経験を積ませてもらっています。登場人物のうすきさんのように、なんの気なしに周りを照らすようなあたたかい場所を、作品を通して作っていきたいです。

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