もしも警察が“AI捜査官”をバディにしたら? 警察小説の枠を超えた新時代のミステリ『瞬きすら許さない』

 技術的には今すぐ実現してもおかしくないAI捜査官、という、極めてキャッチ―な舞台装置を擁すこの小説は、しかしAIが核心ではない。物語の中心に実際に座すのは、愛を知る人全てが避けて通れない、とても普遍的な《或る事柄》である。

 『瞬きすら許さない』は、作者ジョー・キャラハンのデビュー作であり、本国イギリスでは2023年に刊行されている。そして評判となって、英国推理作家協会賞最優秀新人賞とシークストン・オールドペキュリア犯罪小説賞を受賞した。バリー賞最優秀新人賞にもノミネートされている。続篇も本国では既に二作品が発表済だ。今年(2026年)も新作が刊行予定で、第四作をもって完結が予告されている。

警視正とAI捜査官がバディを組む警察小説

 本書の特徴は、何と言っても、警察小説の中でAIが警察の主要キャラクター(?)として登場することだろう。人工知能捜査体(エイド。AIDE。Artificially Intelligent Detecting Entities)で、個体名をロックという。1秒間に1兆回の計算が可能というスペックを誇るが、最大の特徴は、大量のデータを用いたディープラーニングにより、課題に対する最適解を見つけることが可能ということである。またこの学習機能は、現在進行形で進んでいる。学習対象も広範だ。ウェブ上から瞬時に情報収集できるし、人間のユーザーが身に着けるバンドを「目」や「耳」として、現実世界で見聞きしたことも学習できるのだ。そして学習したデータに基づいて、ロックは自身が適切と判断する提案を随時行う。その提案内容も、実際の捜査官との会話を受けて、徐々に修正していく。ロックは、人間の捜査官や事件関係者と対峙する中で、作中で明らかに「変化」していく。それは捜査官としての機能や、主人公のパートナーとしての機能の「成長」に他ならない。

 なおその機能を考慮すると、ロックはいわゆる大規模言語モデル(LLM)の一種と理解すれば良さそうだ。ただし2026年現在の現実のLLMと比べると、異なる点はある。まず、口調が機械的過ぎる。人間の気に障ることもやり過ぎている。現実のLLMの方がうまく対処できたろうと思うシーンは多い。

 ただし、この現実とのズレは、本国刊行が2024年、それどころか作者曰く初稿完成が2019年だったことを踏まえると、やむを得まい。むしろ、最短で2年、最長で7年も前に、これほど高い精度で、あり得るAI捜査官を構想できた作者を賞賛すべきであろう。

 これに加えて、ロックは、バンドから非常にリアルな3Dホログラムを空間に投射することができる。ロックは自らを、身長180センチの黒人男性として投影して、周囲の人間と、あたかも対面で喋っているかのように「会話」することもできる。また、自分以外のもの(たとえば、データや、実在の人物のシミュレーション映像)もリアルに投影できる。この機能が意外と捜査の役に立つ場面がある。この点は現時点では明らかにSFの範疇である。

見事な人物描写を基礎とする、スリリングな捜査小説

ジョー・キャラハン著、吉野弘人訳『瞬きすら許さない』(創元推理文庫)

 ということで、ロックというAIが本書を特徴づける最重要ファクターなのは間違いない。しかし本書においてAIはファクターに過ぎず、テーマではない。

 そもそも、物語はあくまで人間の物語である。主人公は、ウォーリックシャー警察で捜査官として辣腕を振るう警視正キャット・フランクである。その捜査手法は旧来の古典的なもので、足で稼ぎつつ要所で勘を働かせて、犯罪者を追う。そんな彼女が、AIからの捜査支援を試行する新チームを任されて、バンドを着用し、四六時中ずっとロックと行動を共にするのだ。その過程で、AIのロックに苛立ち、反発し、指示し、修正し、感心し、共感し、共に歩み、扱う事件に心を揺さぶられるのは、あくまでキャットである。ロックではない。そして彼女自身の生活や過去も、つまり彼女自身の物語も、大いにフォーカスされる。

 キャット以外の捜査人員も、個性豊かな魅力的な人間として物語の中で立ち現れてくる。警部補のライアン・ハッサンは、野心家ながらも情と矜持はあり、話が進むにつれて割と良い奴であることは知れてくる。デビー・ブラウン部長刑事は、控えめながらも鋭いところがある上に、ある個人的事情が読者の感情移入を誘うことだろう。そして、AIロックの生みの親であるオコネドも、最初の頃は上から目線(ないし敵対的姿勢)でキャットら捜査員の反感を買うものの、過去の判明と、捜査への関与を通じて、ツンケンしながらも味わい深いキャラクターへとイメージが変化していく。

 こういった見事な人物描写を基礎として、未解決の失踪事件をAIを通して見直しながら、ストーリーを展開させていく。その過程で、キャットたちは複数の失踪が、故意に連続で引き起こされた可能性を見出す。AIの試験運用にはいまいち気が乗らなかった捜査陣は、そこでにわかに目の色を変え、AIの活用も深刻の度合いを増す。捜査陣にはわからないが、読者には、事件に一種のタイムリミットがあることも示され、物語は緊張の度を一気に高めるのだ。こうなると、ページを繰る手はもう止められなくなる。AIどうこうも忘却の彼方、スリリングな捜査小説として、本書はその本領を発揮するのだ。

 そして捜査の果てに、先述の「愛を知る人全てが避けて通れない、とても普遍的な《或る事柄》」が、心に刺さるような形で登場する。それが何かはネタバレになるのでここでは書けないが、言えるのは、事件自体が胸に響く人も多いであろうことと、キャットをはじめとした捜査陣の人生にも刺さる、ということである。しかもミステリ的にも上出来で、いくつかの伏線には唸らされる。

 読み終わった人には同意いただけると思うが、AIはこの小説としての本体を形成している要素ではない。代わりにあるのは、個性豊かな人間たちの衝突と交流、そして各人の人物描写の掘り下げ、そして警察官自身の物語と事件との強い共鳴である。これらはまさしく、優れた警察小説の特徴に他ならない。AIというファクターに魅せられて作品を読み始めるのはもちろん素晴らしいことだ。しかし、この物語に刻印され、骨格にも血肉にもなっているのは、伝統的に警察小説が大切にしてきた作法であり、かつ、あまりにも普遍的なテーマなのである。

 なお、この「テーマ」のことに、作者ジョー・キャラハンは謝辞で早々に触れてしまっている。ネタバレから遠ざかりたい人は、謝辞を読むのは後回しにすることを推奨し、推薦の結びとしたい。

■書誌情報
『瞬きすら許さない』
著者:ジョー・キャラハン
翻訳:吉野弘人
価格:1,430円
発売日:2026年3月11日
出版社:東京創元社
レーベル:創元推理文庫

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