『惡の華』なぜ令和にドラマ化した? 世代を超えて伝わる、暗黒青春漫画としての普遍性

 深夜ドラマ化(テレビ東京系木曜深夜24時~)されたことで、『惡の華』(講談社)に、再び注目が集まっている。

 『惡の華』は、思春期の葛藤と絶望を描いた暗黒青春漫画。作者は『漂流ネットカフェ』(双葉社)や『血の轍』(小学館)などの漫画で知られる押見修造で、2009年から2014年まで別冊少年マガジン(講談社)で連載された。

 本作は2013年にアニメ化され、2019年に実写映画化されている。映画化の時点ですでに連載修了から5年が経っていたが、今回のドラマ化は連載終了から12年も経っている。

 青春漫画は、連載時の時代の空気が色濃く反映される。そのため世代が一巡して、若者をめぐるカルチャーや情報環境が変化すると一気に古くなり、同世代のかつて若者だった人以外が、作中の人物に感情移入することが難しくなってしまう。

 逆に、時代を超えて残る作品には世代を超えて伝わる普遍性が宿っている。この普遍性は、連載が終わってしばらく経たないとわからないのだが、今回のドラマ化によって、『惡の華』は暗黒青春漫画の古典として、これからも残っていくと確信した。 

※以下、ネタバレあり。

 主人公の春日高男(鈴木福)はクラスの美少女・佐伯奈々子(井頭愛海)に恋心を抱く男子中学生。ある日の放課後、春日は思わず佐伯の体操服を盗んでしまうのだが、その様子を嫌われ者の仲村佐和(あの)に目撃されてしまう。

 仲村は体操服のことを秘密にする代わりに自分と契約しろと言い、春日に無理難題を押し付けてくる。春日は彼女の変態的な要求に翻弄されることになるのだが、やがて仲村の抱える深い絶望を知るようになると、彼女と共に積極的に変態的な行動を行うようになっていく。

 物語は自意識過剰な春日が、佐伯と仲村の間で揺れ動く学園ドラマとなっている。

 漫画は二部構成で、前半が中学編、後半が高校編となっている。高校編に入ると第3のヒロインとして小説を書いている女子高生・常磐文が登場し、ドラマ版では乃木坂46の中西アルノが演じる。

 つまり、本作は思春期の少年が3人の少女と出会うことで、自分の内面と向き合っていく物語なのだが、これから『惡の華』が古典になっていくと思ったのは、ドラマ版のキャスティングを知った時で、佐伯、仲村、常磐という3人のヒロインを、その時々の若手女優が演じる青春ドラマになっていくのだろうと確信したからだ。

 たとえば、仲村佐和は映画版では、ダークなヒロインを演じることに定評があった玉城ティナが演じ、高く評価されたのだが、今回は、タレント、ミュージシャンとして令和の若者のポップ・アイコンとなっているあのが演じている。

 バラエティ番組等であのが呟く切れ味の鋭いコメントはSNSで頻繁に話題となるが、彼女の毒のある発言は、仲村佐和が言う「クソムシが」と重なるものがある。

つまり、あのは生き方そのものが仲村佐和だと言えるのだが、彼女が演じる仲村佐和を観られるだけでも、2026年に『惡の華』をドラマ化したことの意義はあると言って過言ではないだろう。

 一方、映像作品として気になったのは演出のトーンだ。ドラマ版は現在、第2話まで放送されているが、思春期の春日が抱える自意識の葛藤やドロドロとした内面の描き方が、コミカル過ぎるように感じた。春日を演じる鈴木福を筆頭に学生役を演じる俳優の多くが20代ということもあって、10代の少年少女が抱える生々しさが薄く感じ、原作漫画のひりひりするような感覚がそぎ落とされていないかと、当初は思った。

 だが、久しぶりに原作漫画を読み返してみると、むしろこれは原作通りなのだとわかった。

 漫画の『惡の華』が面白いのはストーリーが進む中で絵柄がじわじわと変わっていくところだ。初登場時の春日や仲村は頭身が低く、目が大きく描かれており、どちらかというとアニメのキャラクターのような造形となっている。

 しかし、物語が進み、仲村と春日が起こす事件が大きくなっていくに従い、キャラクターの造形はリアルなものへと変わっていく。

 面白いのは、その変化が一番顕著なのが優等生の美少女として登場した佐伯で、春日と仲村の異常な行為に刺激された結果、春日を閉塞した日常に閉じ込める凡庸な聖母とでもいうような不穏な存在へと変化していく。そして高校生編に入ると物語は内省的な私小説のようなトーンに変わっていき、作画も心象風景を絵画化したような繊細なタッチへと変わっていく。

 連載過程で作者の作画技術が上達して絵柄が変わっていく漫画はいくつかあるが、『惡の華』は絵柄の変化がそのまま春日の世界に対する認識の変化と連動しており、それがそのまま作者の心象風景となっている。

 アニメや映画ではシリアスな空気が抽出されていたが、今回のドラマでは、まだ牧歌的だった序盤を助走期間として丁寧に描こうとしている。

 この助走期間がある分だけ、後半の飛躍はより凄まじいものになるのではないかと期待している。

 原作漫画が、思春期に苛まれる少年少女に届いたように、ドラマ版『惡の華』が令和の少年少女に届く暗黒青春ドラマと成り得るのか? かつて思春期に苛まれた者の一人として、じっくり見守りたい。

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