マーティンはなぜ、アメリカンミュージックの王道ギターになりえたか? 『ザ・マーティン』著者・須貝重太に訊く成功の軌跡
現存するギターメーカーの中で、もっとも歴史が長いのがマーティンである。エルヴィス・プレスリーやボブ・ディラン、エリック・クラプトンなど、数多のレジェンドミュージシャンに愛され、アクースティックギターの進化を体現してきたマーティンは、いかに時代を創り、認められ、アメリカンミュージックの王道ギターとして君臨できたのか。
発売早々に重版となった『ザ・マーティン マーティン200年の軌跡とアメリカ音楽の変遷』(亜紀書房)を上梓した日本においてマーティンを最も知る須貝重太氏に、その軌跡とこれまで語られなかった“真実”を聞いた。
プロミュージシャンに絶対に必要な道具
手に持つギターは14フレットの00-28をベースに作られたカスタム。シリアルナンバー1163066 /2006年製。
アクースティクスウィング・バンドなどで愛用しているギターである。
──須貝さんは23歳で初めてマーティンを手にされたそうですが、その一本はどんなギターでしたか。
須貝:1972年製マーティンD-41です。当時48万円くらいだったと思います。私はデザインの専門学校に通いながら、フィリップス・レコードからシングル盤をリリースするなど歌手としても活動をしていました。六本木のクラブで弾き語りをして収入を得ていたこともあり、調子に乗って長期ローンで購入したんです(笑)
──なぜ、D-41を?
須貝:当時、発売されたばかりだったんです。D-45は当時85万円と高値でしたが、D-41は一部インレイ(装飾)がない以外は見た目はほぼD-45と一緒で、人気がありました。私も若かったので、その違いを深く理解していませんでした。
──マーティンを弾いたときの印象を教えてください。
須貝:マーティンはサウンドクオリティが他のアクースティックギターとあまりにも違うので驚きました。プロミュージシャンには絶対に必要な道具だと思いました。自分で弾くギターはやっぱりマーティンじゃなきゃダメだと。
マーティン200年の真実──初めて明かされる歴史の全貌
──その後1970年代後半から、須貝さんはマーティンの日本総販売代理店の勤務を経て、アメリカへ渡るんですよね。
須貝:10年ほどアメリカの楽器会社で働いていました。その後は、アメリカと日本を行ったり来たり。
──その間、マーティンの専門書を翻訳して出版する計画もあったとか。
須貝:はい。世界初のマーティンギターの歴史書『Martin Guitars A HISTORY』(1975)です。この本のおかげで、どれだけマーティンが世界に広まったか計り知れません。著者であるマーティン社の歴史研究の第一人者マイク・ロングワースとはアメリカで仲良くなり、1989年に日本語版の相談を受けたことがありました。ただこの翻訳本は、日本の出版社からは軒並み断られましたね。内容はお堅い歴史書のようなものなので仕方がありません。超一級品の資料だったのですけどね。
──須貝さんはその後『Vintage Guitar 丸ごと1冊マーティンD-28 』(エイ出版社/1999)も制作されています。
須貝:私はマーティンの特集記事を書いたことがあるのですが、その編集者だった方から連絡があり、ギター本の出版の依頼を受けました。「マーティンの1モデルだけを徹底的に掘り下げるというような内容のものを作りたい」と希望を出したらOKとなり、それが『丸ごと1冊マーティンD-28』に。そして、時を経て2年ほど前、同じ編集者から、マーティンの書籍を書いてみては? と勧められたんです。
──それが、須貝さん書下ろしの新刊『ザ・マーティン マーティン200年の軌跡とアメリカ音楽の変遷』(亜紀書房)ですね。
須貝:ただ、最初に私がやりたかったのは写真メインのマーティン本。文章だけの書籍は想定外でした。マーティンで1冊書き下ろすとなれば、私にできることは歴史を綴ることくらい。幸い、マーティンはアーカイブがしっかりしており、資料はいくらでもありました。
──マーティンは1833年にニューヨークで創業した最も歴史あるギターメーカーですね。
須貝:今年で193年になります。初代のCFマーティン1世がオーストリアのシュタウファー工房に弟子入りしたのが1811年のことですから、ここから数えれば215年。今まで出版されたマーティン関連の本は、すべてアメリカからの歴史だけを紹介していましたから、今回の書籍ではヨーロッパ時代のことも書いています。
マーティンギターの本質はジャーマン魂にあり
──世界には多くのギターメーカーがありますが、須貝さんは「マーティンの本質や特徴」はどこにあると考えていますか。
須貝:マーティンの職人や中枢の人たちの多くは、ドイツがルーツ。彼らの実直さが、マーティンの本質だと思っています。マーティンは、創業こそニューヨークですが、1839年、同じ民族同士でペンシルヴェニア州ナザレスに移り住んでいるのです。ナザレスは、ドイツ村のような状態でした。
──その子孫たちが、伝統を受け継いでいるのですか。
須貝:職人たちの多くは、そうだと思います。いつも思うのは、リッケンバッカーやフェンダーみたいに南カリフォルニアで創業をしていたのなら、これほど長きにわたって生き残ってないだろうということ。ナザレスという土地柄も大事で、マーティンギターの品質に大きな影響を与えていると思います。CFマーティン1世の故郷であるとても美しいドイツのマルクノイキルヘンを彷彿とさせるあの土地柄に、マーティンの本質が詰まっています。
──どういうことでしょう。
須貝:カリフォルニアでガムを噛みながら作っていたらマーティンの品質は保てない。ボルトでネックを留めるなんて発想はカリフォルニアじゃないと生まれないでしょう。緻密に削り込んでぴたりとボディにはめてこそマーティンです。あえて言えば、マーティンはアメリカのメーカーではないんです。特に創立から1960年代まではドイツ気質の会社という感じがします。
──ドイツ人の気質とは具体的にどんなところ?
須貝:勤勉さとか頑固さ、頑迷さ、そういった気質をもった人間でなければ作れない完璧な完成度、というものをマーティンは兼ね備えていて、これは他のギターメーカーにはないもの。同じドイツにルーツをもつスタインウェイ・ピアノにも共通する点があると思います。
──2度の世界大戦や大不況で、苦難もあったのかもしれません。
須貝:そこは家族経営ゆえに、乗り越えられたんだと思います。ドイツ人はやり遂げるんですよ。鉛筆を削りまくって使い、給料が半分になってでも。
──逆境にも負けない気質。
須貝:逆にいえば、彼らには新しいことを始めようとか、そういう発想はありません。厳格で保守的。特にCFマーティン3世は、改革を進めた息子のフランクハーバートがマーティン最大の危機を招いたこともあって、よけい保守的になりました。ただその簡素で実用一辺倒のギターが、図らずもフォークリバイバルのブームのなかで脚光を浴びることになります。ルーツミュージックをやるのに派手なギターはいらないでしょう。まさにマーティンは、うってつけのギターだったのです。
知られざるマーティン伝説
──歴史を調べるなかで、覆った通説などはありましたか。
須貝:厳密に言えば事実が覆ったというほどではありませんが、それまで詳細が語られていなかったことを明らかにした、という事象はいくつかあり本書で触れています。
──どんな事象なのでしょう。
須貝:たとえばギターの内部構造。Xブレージングを世界最初に作ったのは、初代CFマーティンだと言われていますが、15世紀の頃からあるシターンという楽器のサウンドホールの下で交差しているのはまさにXブレージングでした。
──Xブレージングは、マーティンのオリジナルだと思っていました。
須貝:それだけではありません。マーティンのXブレージング第1号は、1843年にスペインのギタリスト、マダム・デ・ゴニのために作ったもので、それまで作られたモデルより大きいサイズ1でした。じつはこれ、ロシア生まれでフランスのミレコートで修業したギター職人のルードロフ兄弟が制作したメロフォニックギターに、ボディやブレーシングがそっくりなんです。マダム・デ・ゴニはもともとルードロフを好んで弾いていましたし、古楽器研究の専門家たちは「ほぼ同じ時期だが、恐らくルードルフが先だろう」と推察していますが、その証明はできていません。
──いろいろと出てきますね。
須貝: そもそも、CFマーティン1世がヨーロッパ時代にギターを製作していたことも嘘だろうと言うクラシックギター研究家もたくさんいます。現にアメリカに移住する以前の、CFマーティンと記載されたマーティンギターは存在しないんです。故郷のドイツ・マルクノイキルヘンではギルド制が敷かれ、ギターに製作者の名前を明記させなかったこともありますが、その真相はいまだ謎に包まれています。
──創業者、CFマーティン1世とはどんな人物なのでしょう。
須貝:頑固で真面目な職人という感じがします。シュタウファー工房で楽器製造会社としての経営も学びましたが、基本的には革新的な改革を推し進めたというような人ではないですね。マーティンの礎を築いたという点では3代目のフランク・ヘンリィ・マーティンのほうが優れていると思います。
ドレットノート、数々の銘品が生まれた背景
──マーティンといえば、ドレットノート。今では珍しくないサイズですが、登場した20世紀初頭では異色ともいえる大きなサイズでした。
須貝:もともと上流階級の嗜みだったクラシックギターの性質上、ギターとは小さなものでした。初期の頃はマーティンのスタンダードとなったボディサイズはサイズ1~4の4種類で(サイズ5も途中から追加)、番号が小さくなるほどボディが大きく、やがてサイズ1よりも大きなサイズ0が登場。時代とともにさらに大きくなり、00(ダブル・オゥ)、000(トリプル・オゥ)が生まれます。
当時としては画期的なギターであったことが豊富なデータから理解できるようつまびらかに掲載。
──000よりも大きいドレッドノートは、今やマーティンのスタンダード。ドレットノートが好まれた理由はどこにあるのでしょう。
須貝:カントリーミュージックの影響が大きいでしょう。彼らは派手好みだし、ファッションも派手で刺繍が縫い付けられたジャケットを着て、目立つギターを好みました。
──大きい方が目立ちますからね。
須貝:ブルーグラスでもマーティンが好まれました。こっちは音が重要で、アンサンブルでバイオリンやバンジョーと一緒に弾くと、ギターの音が負けてしまうので、音量を出せるドレッドノートが合うのです。
──特に印象的なミュージシャンを教えてください。
須貝:ランブリン・ジャック・エリオットとD-28、ジム・クウェスキンとD-18。この2人はどちらもそれぞれのマーティンの特性を熟知しており、もっとも上手くそれらの個性を活かした弾き方をしています。2人とも個々に話したことがありますが、どちらもこれらのモデル以外のギターはほとんど弾くことがなく、他のミュージシャンにはない信頼度の高いマーティン愛を持っています。
──D-18とD-28は特性がまったく違うんですね。
須貝:全然違います。D-18はマホガニーボディで低音も高音も簡単にはっきりと大きい音が出せますし、サウンドバランスも非常に良い。いってみれば風呂上りに弾きたくなるギター(笑)。D-28はローズウッドで、良い音を鳴らすにはそれなりの技量と経験が必要。ブルーグラスのように他のアクースティック楽器とのアンサンブルにおいて、その特性が活かせるギターです。はじめてギターを弾くならD-18のほうが圧倒的に楽。すぐに音がでますから。
現在は写真のメンバーの他にアメリカ人のフィドラー(ヴァイオリニスト)が加入している
──D-28は音が出にくいのですか?
須貝:D-28は弾き方をちゃんとしないとそんなに大きい音に聞こえません。ただ、スナッピングきかせて弾くとD- 18よりも大きな音が出ます。狭い場所よりも、100m先でよく聞こえる。遠鳴りがする。そういうギターです。
──須貝さんの好みは?
須貝:D-18。理由はボディが軽いから。年を重ねた体には大事なことです(笑)。
──D-45はどうでしょうか。
須貝:D-45は、D-28の特性をより高めており、ボディの縁取りにパールインレイが埋め込まれているため、サスティーンの効いたサウンドが特徴です。個体差はありますがD-28よりも楽に大きい音を出せます。材料の選別や製造工程でも特別なラインで、選ばれた職人によって注意深く作られるマーティンのトップモデルですね。
──初めてマーティンを買う人に「まずこのモデルを弾いてほしい」という一本はありますか。
須貝:現在のマーティンのラインナップは非常に多く、どのような音楽でそれを弾くかによって変わってくるので一概には言えませんが、私の知っているブルーグラスでいえば、昨年発売されたビリー・ストリングスのシグネチャー・モデル2種を勧めたいですね。特にD-X2E Billy Stringsというエントリー・モデルは17万6000円と手を出しやすく、とても優れています。小さいボディサイズではエリック・クラプトンが選んだ000よりも、個人的には00の14フレットのほうが優れたギターだと思います。
プロギターの最高峰たる理由
坂崎氏はD-45が戦後初めて復活し1968年に作られた2台の試作品の1台を入手するほどのコレクターとしても知られている。
──本書ではブルース、カントリー、ブルーグラス、フォークなど、アメリカ音楽史とマーティンの関係が描かれています。なぜ多くのミュージシャンがマーティンを選んだのでしょうか。
須貝:弾きやすく良い音がするということ以上に、壊れにくく、何か問題が起こっても簡単に修理ができるため非常に長持ちします。プロが使う楽器としての必須条件をいくつも持ち合わせていることがその魅力で、これは当たり前のことですが、他のギターメーカーは、この当たり前のことを疎かにしていることが多いと思います。
──当たり前のことを疎かにしない。
須貝:昨今は1930年代のマーティンが究極のアクースティックギターとされていて、世界中の優れたアクースティックギター職人の多くが、マーティンのコピーを作り続けています。これこそ皮肉のようですが、いかにマーティンが唯一無二であること、そのオリジナリティの証明ではないでしょうか。
エリック・クラプトン・シグネチャー・モデルの仕掛け人であり、須貝氏でしか知り得ない貴重なエピソードが満載で、マーティンファンにとっては必読すべき内容である。
ーー本書では他にも伝説のライヴと言われるMTVアンプラグドでクラプトンがマーティンを使用した裏側やマーティンのキーパーソンの話など、須貝さんでしか書けないようなことが多く掲載されています。アメリカの音楽やギターに少しでも興味のある方はぜひ手に取って欲しい内容ですね。
須貝:ありがとうございます。そうなっていただけたら嬉しい限りです。