惣流・アスカ・ラングレーは救われたのか? “オタクの矜持”を見せた『エヴァンゲリオン』新作短編
『シン・エヴァンゲリオン』で唯一取り残された、最大にして最後の宿題、それが惣流・アスカ・ラングレーの行く末である。新劇場版に登場した式波・アスカ・ラングレーは、『シン・エヴァンゲリオン』での死闘の末に幾多の登場人物と共に大団円を迎え、よかったね、といった形で舞台を去った。しかしアスカは唯一、テレビシリーズから旧劇場版までと新劇場版の間で別人に入れ替わったキャラクターである。同じアスカでも式波は救われたが、惣流のほうは旧劇場版のラストでシンジに首を絞められたまま寝っ転がっている。その事実はエヴァシリーズのファンの喉に刺さった小骨のように残り続け、「惣流のほうは救われてないよな……」という指摘は『シン・エヴァンゲリオン』公開当時からSNSなどに書き込まれ続けてきた。
その唯一の宿題に対してスタジオカラーが出した回答が、「エヴァンゲリオン放送30周年記念特別興行」である。元々は『エヴァンゲリオン』作品30周年記念フェス「EVANGELION:30+;」で公開された映像だったが、映像の違法流出とその対応をめぐるトラブルの結果、YouTubeにて公開されることになった作品だ。公開までの経緯は「ひどい話」の一言に尽きるが、しかし内容的には非常に興味深いものだった。
メタ的なパロディてんこ盛りの映像
「30周年記念特別興行」は、惣流と式波の二人のアスカが登場し、漫才形式で喋り倒した上、惣流が「世界線を書き換えて自分が幸せになるルート」をゲットすべく悪戦苦闘する、という内容。様々な解釈が為された旧劇場版の「気持ち悪い……」というラストについてのアスカ側からの回答が提示されるなど、前半の漫才パートも衝撃的だし、「まず寝る、そしてドアップで眼を覚ます」というエヴァにありがちな寝起きシーンで世界線を書き換えるというアイデアも凄まじい。あと、14歳のアスカと28歳のアスカを演じ分ける宮村優子の演技力もすごい。明らかに式波の方が声が大人なんですよね……。
書き換わった世界線でのアスカのドタバタも楽屋落ちとパロディに満ちた内容だったが、自分が望んだ幸せな未来を目前にしつつ、最後には「自分は自分。誰にも頼らず、エヴァに乗り続け、みんなを守ったその先の未来にある幸せを自分で掴み取る」という結論にたどり着いたアスカの姿は、ただただ清々しくかっこよく、それでこそアスカだね……というものだった。テレビ版のアスカってもうちょい年相応のウジウジしたところもあったような気もするけど、本人が納得して腹をくくれたなら、こちらから言うことは何もない。かっこいいな、ぜひとも幸せになってほしいな……と願うばかりである。
GAINAXはパロディから始まった
個人的に感慨深かったのが、「30周年記念特別興行」がメタ的なパロディてんこ盛りの映像だった点である。そもそもの「本編完全終了後に二人のアスカが漫才をする」という出だし自体が、オタクの考えた二次創作的というか、昔のWeb小説の後書きというか……。とにかく「楽屋落ち的にキャラクターに会話させる」という筋立て自体に、首の後ろがムズムズするような小っ恥ずかしさと「でも、こういうのって、楽しいよね……」という嬉しさを感じる。巨大なアスカが使徒と直接戦う世界線は『トップをねらえ2!』みたいで、そういったパロディが挟まれるのも嬉し恥ずかしといった趣である。
そもそも、30年前に『新世紀エヴァンゲリオン』を作っていたGAINAXは、パロディから始まった集団である。よく知られていることではあるが、GAINAXの起源となったのは1981年に大阪で開催された日本SF大会DAICONⅢのオープニングアニメーション製作だ。このDAICONⅢのアニメを製作したスタッフが中心となり、続いて開催が決定したDAICONⅣでのオープニングアニメーション製作のためプロモーションとスタッフ育成を兼ねて映像自主製作集団「DAICON FILM」を結成。その中の主要スタッフが、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』製作を契機に誕生したアニメ制作会社「GAINAX」設立に関わっている。
このDAICONⅢとⅣのオープニングアニメというのが、既存作品の引用と強烈なパロディに満ちたものであり、前後に製作されたDAICON FILM関連作品にもそういったテイストは色濃く残っている。当然その流れを継いだGAINAX製作のアニメにも特撮や既存アニメ作品からの引用は多数含まれており、『新世紀エヴァンゲリオン』にも特撮作品を中心に大量のパロディ・引用・オマージュが見られる。マイナス宇宙にゴルゴダオブジェクトがあるのは、『ウルトラマンA』を見ていれば当然だよね、といった具合である。
パロディをやり切り、ファンにお礼を言うための作品
そして今回の「30周年記念特別興行」こそ、DAICON FILMから繋がる「パロディ集団としてのGAINAX」の姿が健在であることを見せてくれた作品であるように思う。パロディの対象は、30年前に自分たちが作ったオリジナルアニメである。照れることなくキャラクターに漫才をさせ、自分たちの作品の演出を擦り倒し、にも関わらず最後にはなんだか熱くてカッコいい結論を提示して話を落とす。アスカの物語にケリをつけた上、40年以上昔からの自分たちの伝統芸も披露した、見事な仕事ぶりだと思う。
その昔は「自分たちの世代はパロディしかできない」という絶望に苛まれていたという庵野秀明とその周辺の人々が、「パロディしかできない」ことから逃げず、それを熟練の芸として自分たちの作品すらいじり倒して最後に残ったキャラクターの救済を図る。そして旧劇場版ではわざわざスクリーンに映して嫌がらせまでした観客に対して、最後に「30年の感謝を込めて。ありがとうございます」と署名付きでお礼を言って締める。「アニメ見てパロディなんかやってないで、大人にならねばならないのでは」という自意識の問題に苦しめられていた人が、パロディから逃れず得意技としてやり切ったまま「長年ついてきてくれたお客さんにちゃんとお礼を言う」という大人の態度をきっちり取れたのである。オタクのままそれなりの年になってしまった自分にとって、『エヴァンゲリオン』を作り続けた人たちが「こういう感じで歳をとることもできますよ」という態度を示してくれたことは、ちょっとした希望である。
ということで、『シン・エヴァンゲリオン』とそれに続く「30周年記念特別興行」は、これからも歳をとりながらオタクをやっていくのであろう自分にとって、「今後の人生も、そんなに悪いことばかりではないかもしれない」と思える作品となった。オタク性を失わず、変に斜に構えずにパロディの面白さを素直に面白がり、その上でちゃんと大人としての振る舞いもやる。そういうオタクに私もなりたい……と、しみじみ思ったのであった。