AI起業家マックス・ベネットが語る、人間の知性と言語のブレイクスルー、そしてAIの未来「人間の尊厳に大きな問いが生じる」

 人間の「知性」とはいったい何なのか。AIはそれをどこまで再現し、そして超えていくのか。こうした壮大な問いを解き明かすのが『知性の未来 脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか』(恩蔵絢子訳、新潮社)。ニューヨークを拠点とするAI起業家マックス・ベネット氏が、40億年にわたる生命の歴史を辿りながら、生物の脳の進化からAIの登場までの知性の発展について論じている。「知性の未来」はどこへ向かうのか? ベネット氏にインタビューした。(篠原諄也)

知性のブレイクスルーをめぐって

――まず、知性とは何なのでしょうか。

ベネット:興味深いことに、「知性とは何か」について普遍的に合意された定義がありません。物理学の世界では「質量とは何か」について広く共有された定義があります。それとは対照的に、人工知能(AI)のように「知能(知性)」という言葉を冠した学問分野が存在しているにもかかわらず、統一的な見解がないのです。

 こうした中で、私が最も妥当だと考え、この分野の多くの研究者が同意するであろう定義を二つ挙げたいと思います。一つは「学習する能力」です。つまり、感覚情報に基づいて、自らの振る舞いを調整する力です。もう一つは「制約のある状況下で目標を達成する能力」です。言い換えれば、ある生物が世界に特定の形で作用したいと考えているとします。たとえば「食料を得る」「何かを移動させる」といったことですね。しかし、そこではさまざまな制約があるかもしれない。そこで問題を解決する能力のことを指しています。

――本書では、これまでの知性の発展には5つのブレイクスルー(操縦、強化、シミュレーション、メンタライジング、発話)があったと論じられていました。一番初めには何が起こったのでしょうか。

ベネット:まず、最初に脳を持った種についてお話する必要があります。それは体の左右がおおむね対称になっている「左右相称動物」でした。人間の体も左右対称になっていますね。こうした左右相称性は、ミミズ、マウス、鳥など多くの生物に見られます。一方で、クラゲやイソギンチャクなどは、前後というものがなく、中心となる軸の周りに同じようなパーツが並んでいる「放射相称動物」です。

 神経はそんなクラゲなどに近い「放射相称動物」において進化しました。そして、最初の脳は6億年前に米粒ほどの大きさのミミズのような「左右相称動物」の中に現れました。もともとは神経細胞の網の目のような構造があったのが、神経細胞同士が結びついてまとまったのです。だから現代の私たちは、ミミズのような線虫を研究することで「原始的な脳は何をしていたのか」を知ることができます。例えば、最もよく研究されている線虫カエノラブディティス・エレガンスの場合、神経細胞の数はわずか302個です。人間は脳だけで約860億個の神経細胞がありますから、驚くほど単純ですね。しかしその分、解析もしやすいのです。

――そこで脳は何をしているのでしょう。

ベネット:ごく単純に言えば、世界から入ってくる刺激(感覚入力)を「良いもの」と「悪いもの」に分類することのようです。良いものが増えていると検出すると、「前進を続ける」という運動プログラムが作動します。逆に、良いものが減ったり、悪いものが増えたりすると、ランダムに方向転換します。たとえば、有害な化学物質が増えたとき、暑すぎて体温が上がったとき、近くの食べ物の匂いがなくなってきたとき、移動するのです。これは「操縦」と呼ばれるアルゴリズムで、単細胞生物にも見られる仕組みです。線虫は単細胞生物と比べれば大きな動物で、何百万もの細胞からできていますが、同じ仕組みで移動しています。

 このように世界の出来事を「良い」「悪い」と分類し、二つの単純な運動プログラムを引き起こす神経回路を持つだけで、海底を驚くほど巧みに移動できるようになります。そこでは複雑な認知処理はほとんどありません。地理的感覚があるわけでもありませんし、空間を認識しているわけでもありません。物体を観察するレンズ状の目もありません。ただ「良いもの」「悪いもの」を判断し、方向転換するかどうかを決めているだけなのです。私たちの脳の基盤は、まず物事を「良い」「悪い」と分類することから始まりました。これが「操縦」という最初のブレイクスルーだったのです。

人間独自の言語の画期性

(c)Gary O. Bennett

――言語を使用するようになったこと(発話)も大きなブレイクスルーだったそうですね。言語にはどのような特徴があるでしょうか。

ベネット:言語には非常にユニークな性質がいくつかあります。最も興味深いのは、私たちの頭の中にある内的シミュレーションを共有できる点です。チンパンジーも、他のチンパンジーの行動を観察して学習することができます。しかし、自分の頭の中にあることを共有することはできません。たとえば、チンパンジーはシロアリ塚からシロアリを取り出すために道具を使います。他のチンパンジーはそれを見て学び、同じ行動をするのです。しかし、チンパンジーが「獲物を捕まえよう。私は右側に行くから、あなたは左側に行って、二人で囲もう。すると仕掛けた罠にかかるはず」などと伝えることはできないのです。

 言語は、計画や経験といった内的なシミュレーションを共有することを可能にしました。人間は「あの丘の上に行ったら、バッファローの群れがいた」と報告することができます。これは「置換参照」と呼ばれる特徴で、目の前にないものについて言及できるということです。他の人々はそこにバッファローがいる様子を想像できます。「一緒に狩りに行こう」と誘うこともできるでしょう。これは非常に有用な能力でした。

 ただし、人類が世界を席巻できた理由は、そこだけにあるわけではありません。本当に決定的だったのは、言語が世代を超えて情報を蓄積できたことでした。もし一世代でしかアイデアを共有できなかったとしたら、動物とそこまで大きな違いは生まれなかったでしょう。しかし、あるアイデアを何百世代にもわたって伝播することができました。その結果、情報は複雑化し、技術は継続的に発展したのです。

AIと未来を築くこと

――日本語版のタイトルは『知性の未来』(原題は『A Brief History of Intelligence』)ですが、人間の知性の未来、そしてAIの未来についてどのように考えていますか。

ベネット:実のところ、その二つは同じ問いだと思います。知性の未来とはAIの未来のことだからです。人間が生物学的進化によって変化を遂げるよりも前に、私たちは超知能的なAIシステムが存在する世界を生きることになるでしょう。AIと人間の知性の基盤には、共通点もあれば相違点もあります。共通点の一つは、エネルギーの制約が存在するということです。人間の脳は多くの近道をします。カロリーに制約があるため、計算に大量のエネルギーを使わないようにするのです。AIシステムも同様で、問題解決のために無限のエネルギーを投入できるわけではありません。ですから、どの問題にどれだけの計算資源を割くのかという点で、経済的である必要があります。

 一方、現在のAIシステムは、物を見分けて掴み、壊さずに動かすといった、人間の基本的な動作については得意ではありません。いまだに家庭用のヒューマノイドロボットは普及していませんね。しかし将来、そうしたロボットが出てくるでしょう。人間はデジタルの労働だけでなく、物理的な労働の大部分も担ってもらうようになるはずです。すると、社会的・哲学的・倫理的な問題が生じます。私たちはそれと向き合わなければなりません。特にAIシステムが人間らしく見えるようになると「AIは主体性を持たないまま、ただ私たちの命令に従って働く存在であってよいのか」という倫理的な問いが生まれるでしょう。「AIは何を望んでいるのかと問うべきだ」という議論も出てくるはずです。さらに、人間の尊厳に関する大きな問いも生じます。人間は「役に立っている」と感じたい存在です。しかし、AIが支配的な世界では、多くのサービスをAIが提供するようになる。そのとき、人間がどのようにして自らの存在意義を感じられるのか、という問題も出てきます。

 未来の世界においても、人間は依然として重要な存在であり続けると思います。私たちは主体的にAIをリードしていくことができるはずです。しかし、人間にとって大きな転換期にはなるでしょう。これらのAIシステムとともにどのような未来を築きたいのか。人々が積極的にそうした議論に参加することが重要だと思います。

■書誌情報
『知性の未来:脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか』
著者:マックス・ベネット
翻訳:恩蔵絢子
価格:3,960円
発売日:2025年11月27日
出版社:新潮社

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