エマニュエル・トッド『西洋の敗北 日本と世界に何が起こるのか』10万部突破 緊急メッセージも
『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』(エマニュエル・トッド著/大野舞訳/文藝春秋/2024年11月8日)の累計発行部数が10万部を突破した。
『西洋の敗北』(フランス語版・原著)は2024年11月に刊行。22年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻に始まる世界情勢の激動を概観しながら「制裁で経済破綻する」とされていたロシアは、グローバルサウスをはじめとした「その他の世界」の後ろ盾を受けて一向に倒れず、むしろ英米を中心とした「西洋」が倫理的にも経済的にも敗北を喫している、とさまざまなデータをもとに論証している。
本書はすでに27カ国語で翻訳が決定しているが、英語版は未だ刊行されていない。「私の多くの予言のなかでも『西洋の敗北』は、最もすぐに実現したものですが、『西洋の敗北』が具体的にどんな形をとるかについては、すべてを明確にはしていません。今後、想像もしてこなかったことも起こり得るでしょう」。NATOやドル基軸体制の終焉、すなわち米国覇権の終わりなのか。そこで日本はどうすべきなのかーー。いま知っておくべきことが『西洋の敗北』そして続編的位置づけの文春新書『西洋の敗北と日本の選択』に記されているという。
■エマニュエル・トッドのメッセージ
私が著者として日本の読者の皆さんと関係を築けたことは、私の人生における最大の喜びの一つです。とはいえ、『西洋の敗北』(さらには続編である新書『西洋の敗北と日本の選択』)が、とりわけ日本で多くの読者に恵まれたことは、日本の読者と私との間の特別な関係だけでは説明できないと思います。そこには2つの独立した要因――『西洋の敗北』の本としての性質と日本人が直面している根本的な課題――が働いているようです。
まず『西洋の敗北』という本の性質について。
世界的な地政学的転換を現在進行形で分析した本書は、愚かしいほどの希望的観測に満ち、道徳まで説く、西洋諸国の支配的言説とはまったく正反対のことを述べています。私の解釈は冷徹で悲観的なものですが、正確であることが瞬時に明らかになりました。あたかも「地政学的未来予測の“新幹線”」であるかのように。
『西洋の敗北』の執筆段階から「本書は特別なテキストになる」という予感がありました。 2023年夏、72歳だった私は、西洋の支配的言説に逆らって、“共犯者”であるバティスト・トゥヴレイを相手に本書の草稿を口述するなかで、半世紀にわたって蓄積した私の知識を総動員しました。
フランスの最西端〔ブルターニュの別荘〕にいた私とフランスの最東端にいたバティストが行なったオンライン作業のことを鮮明に覚えています。私は、さまざまなメモを記した厚紙のカードの束を手に書斎に入り、5時間後、米国に関する3つの章を口述し終えて、椅子から立ち上がりました。生涯をかけて得た知識をこれほど短時間のうちに凝縮した後、本質的な一句をひと筆で一気に書き上げる老書家の姿が頭に去来しました。
本書の成功を説明する上でより重要だと思われる第2の要因、すなわち、この戦争の行く末だけでなく、日本人自身のあり方に関わる日本特有の不安について。
米国の政治・軍事システムの支配下にある日本は、対露経済制裁への参加を強いられたことで、ウクライナという自国とはまったく無関係な遠隔地での戦争に巻き込まれています。「西洋の敗北」に事実上、加担させられているわけです。
しかしここで1つの問いが生まれます。この「敗北」は本当に「日本の敗北」とみなされるべきなのか、と。というのも、米国システムの崩壊は、すべての日本人にとって根源的な問い――「日本は西洋なのか?」という問い――を提起するからです。
明治維新によって非西洋諸国で最初に経済発展を遂げた日本は、1900年頃の第一のグローバリゼーションにおける唯一の“BRICS”でした。第二のグローバリゼーションの終焉が猛スピードで近づいている今、日本は、欧米とともに沈みゆく運命にあるのか、それとも「BRICS」と「西洋」――より具体的には「中国」と「米国」――の間で仲介役を果たすために「自由」を取り戻す運命にあるのか。
ヒロシマとナガサキのトラウマを抱えると同時に、西洋を模倣していた植民地主義時代の振る舞いを糾弾され続ける日本において、地政学を冷静に合理的に考えることが困難なのは確かです。そんななかで、『西洋の敗北』(とその続編である新書『西洋の敗北と日本の選択』)は、「危機にある西洋がいかなる状態にあるのか」「危機にある西洋がいま何を成しているのか」について、客観的かつ冷静な考察を可能にします。
日本の読者が『西洋の敗北』を読むことで、次のことを理解し、さらにもう一つのことを思い出してほしいと願っています。
理解してほしいこと――西洋がこの戦争で敗北しつつあるのは、〔ロシアの勝利というより〕西洋が内部崩壊しつつあるからだ、ということ。
思い出してほしいこと――この敗北は「日本の敗北」ではなく、「日本が模倣した側の敗北」「1945年に日本を占領するに至った側の敗北」であろう、ということ。
2025年10月、私は〔1992年の最初の訪問から33年ぶりに〕広島を再び訪れました。
〔日本人の〕この「気づき」、この自己の再発見に少しでも貢献できるとすれば、これほど光栄なことはありません。
■書誌情報
『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』
著者:エマニュエル・トッド
価格:2,860円(税込)
発売日:2024年11月8日
出版社:文藝春秋