大谷翔平 勝利の貢献度は漫画の世界超え? シーズンWARを野球漫画の人気キャラと比較
野球のシーズンが閉幕した。日本では福岡ソフトバンクホークスが阪神タイガースをくだし5年ぶり通算12度目の日本一を達成した。 海の向こうのアメリカMLB(メジャーリーグベースボール)ではナショナル・リーグ覇者のロサンゼルス・ドジャースとアメリカン・リーグ覇者のトロント・ブルージェイズによるワールドシリーズが行われ、第7戦までもつれる展開の中、ロサンゼルス・ドジャースが優勝。昨年に続き球団史上初となる連覇を達成した。
今期もストーブリーグで多くの話題になることが確実であろう大谷翔平はナショナル・リーグのリーグ優勝決定シリーズ第四戦で投げては6イニング10奪三振無失点、打っては3本塁打の漫画のような活躍で同シリーズのMVPを受賞した。大谷はレギュラーシーズンの成績のみが対象となるシーズンMVPの最有力候補でもあり、おそらく今季の活躍で4度目の受賞を果たすだろう。これについては印象論ではなく明確な根拠がある。大谷のシーズンWARがナショナル・リーグ今季プレーした選手の中で最も高いからだ。
■WARとは何か?
WAR(Wins Above Replacement)はセイバーメトリクス(野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析する手法)の指標の一つで打撃、走塁、守備、投球を総合的に評価して、選手の貢献度を表すいわば「選手の総合力」を数値化したものである。もう少し詳しく言うと、その選手が代替可能選手(Replacement)に比べて勝利にどれだけ貢献したか(Wins Above)を数値として算出する。仮にWARが0ならばその選手は代替可能選手と比べて0勝ぶん多くチームに貢献したということになり、その選手はまさしく「平均レベルの選手」ということになる。
WARは先発メンバーレベルであれば1.0-2.0程度が平均(年間を通じて1勝から2勝分の貢献をするレベルの選手)とされている。日系アメリカ人初の侍ジャパンの一員として2023年のワールド・ベースボール・クラシック優勝に貢献したラーズ・ヌートバーは故障により欠場がちだったがレギュラーシーズン162試合中135試合に出場しfWAR0.8、rWAR1.3だった。まさに平均的な先発メンバー級の選手だったといえる。このような表現を使うとヌートバーがまるで大した事ない選手のように見えてしまうが、世界最高峰のプロリーグで平均的な先発メンバー級の成績を残しているのだからこれは凄いことである。鈴木誠也はヌートバーを上回りfWAR、rWARともに2.6。平均的な先発メンバーよりかなり上の成績である。(※fWARとrWARの違いは後述する)
では、具体的にWARは何をどのように評価して算出され、どのような選手の評価が上がりやすいにだろうか?長くなりすぎない程度に詳述していこう。なお、お断りなのだが、WARは計算式が極めて複雑かつ、各データサイトで計算式が統一されていないので大雑把な説明にとどめる。詳しい計算式を紹介すると、それだけで長大な記事になってしまうためご容赦いただきたい。逆にデータマニアの方はここに書かれていることなど全てご存じの事と思うので、寛大な心で読み飛ばしていただきたい
■どんなタイプの選手がWARが伸びやすいか? WARの算出方法
打撃の評価
WARは野手と投手で全く異なる計算式が使われる。野手でWARが伸びやすいのはまず打撃のいい選手である。どれだけ多く得点を創出したかを図る「wOBA」、同じ打席数をリーグの平均的な打者が打つ場合に比べてどれだけチームの得点を増やしたか、または減らしたかを示す「wRAA」、平均的な打者と比べてどれほど優れていたかを表す「wRC+」などが計算式に使われる。wRC+、OPS+と言った打撃指標は指標そのものにパークファクター補正(本拠地球場が打者有利か不利かを考慮した計算式)が含まれているが、パークファクター補正を含まない打撃指標を使う場合はWARの計算式そのものにパークファクター補正を追加して計算する。
走塁の評価
盗塁は多く決めただけでは評価されない。多く決めて成功率が高い選手が評価される。盗塁はリスキーな作戦であり、盗塁が成功したときの得点価値は0.173であるのに対し、盗塁死は-0.407。つまり、盗塁に1回成功しても、1回失敗すれば、差し引きではマイナスになってしまう。無死一塁から盗塁して成功すると無死二塁でチャンス拡大だが、失敗したら一死走者なしだ。得点圏に走者を進める+よりも、走者無しになる-の方が大きいのは何となく感覚的にもご理解いただけるものと思う。目安としてトータルで70%は成功させないと盗塁は収支が-になってしまう。
50m走で最速5.6秒の俊足だが25盗塁失敗10(成功率71%)の五十幡亮汰は成功率が微妙で走塁の収支はギリギリ+だ。スプリントスピード下位15%以下の鈍足ながら今季38盗塁でナショナル・リーグ盗塁王になったフアン・ソト(失敗はわずかに4回。成功率90%)、それ以下の鈍足でスプリントスピード下位3%以下のジョシュ・ネイラー(30盗塁失敗2、成功率93%)は最低クラスの鈍足でありながら走塁で大きく+の貢献をしている。盗塁を含め、どれだけ先の塁を走塁で獲得したかを表す「BsR」などがWARの計算式で用いられるが、BsRが評価するのは短距離走のタイムではなく走塁での貢献度である。走塁の貢献度は比較にならないほど大谷(20盗塁失敗6、成功率76%)の方が高いが、スプリントスピードだけなら実は鈴木誠也(5盗塁失敗2、成功率71%)の方が上である。走塁の巧拙は足の速さがすべてではないのだ。投手の癖を盗む観察力、タッチをかいくぐるスライディングの技術、相手バッテリーが無警戒の時にスタート切る状況判断力など足の速さ以外の技術が鈍足の盗塁王の技術に恐らく含まれているのだろう。
守備の評価
守備は守備範囲や送球での進塁抑止を評価対象とする。ポジションの特異性が高い捕手はフレーミング(きわどいゾーンをストライクに見せる捕球技術)、ブロッキング(低めのボールを逸らさない技術)、盗塁阻止でアウトにどれだけ貢献したかを重要視する。エラーは少ないに越したことは無いが、守備範囲が狭くてエラーの少ない選手よりエラーが多めでも守備範囲が広い選手の方が評価される。守備範囲については「OAA」という守備範囲の広さを表す指標が存在する。ほか同一ポジションの平均的な野手に比べて、守備でチームの失点をどれだけ増やしたか、または減らしたかを示す「UZR」、打球の難易度を映像で徹底分析し総合的な守備貢献度を算出する「DRS」などが計算式に用いられる。
またWARにはポジションの重要度別に+-のポジション補正がある。守備機会が最も多く守備負担の重い捕手が+補正が一番高い。二塁手、遊撃手、中堅手も+補正がつく。一塁、三塁、左翼、右翼は-補正がかかる。守備に就かない指名打者(DH)での出場が最もポジションのマイナス補正が大きい。
投手の評価
投手は登板しない試合も多いため、フル出場が可能な野手よりもWARは全体的に低くなる傾向がある。投手に限定するとより多くイニングを投げた投手の方が試合への影響度が大きいため、先発投手の方がリリーフ投手より全体的に高い数値が出る。2025年の投手WAR30以内にリリーフ投手はゼロである。勝ち星はチーム力と運に左右されるため評価の対象に含まれない。機会に大きく左右されるセーブ数、ホールド数も同様に評価されない。見方守備による影響を受けない与四球・奪三振・被本塁打という3つの項目から、守備から独立した防御率を評価する「FIP」、与四球・奪三振・被本塁打の3項目に加えてどのような種類の打球を打たれたか計算式に含めた「tRA」、対戦チームを考慮して、平均的な投手が対象投手が所属するチームに所属した場合の失点を推定する「xRA」などが用いられる。同じぐらいの内容の場合はより多くのイニングを投げた投手が高く評価される。
実例が大谷しか存在しないのだが、投打二刀流のプレーヤーは野手WARと投手WARを合算した値がWARとして算出される。当然ながら大谷の勝利貢献度は極めて高い。投打両方で一定以上の貢献をしている選手は他に存在しないからだ。WARの数値からしても今季の大谷のナショナル・リーグMVPはほぼ確実だろう。そして実は大谷の成績は現行のWARの計算式では正当に評価できていない可能性がある。なぜなら大谷は野手専念で出場した場合、大きな-ポジション補正を受けてしまう指名打者だからだ。他の先発投手は登板しないローテーションの谷間の日は勝利貢献度ゼロでも-補正がつかない。それに対して大谷は他の先発投手が休んでいる日に指名打者で出場するとポジションの-補正を受けてしまう。セイバーメトリクスの専門家は大谷のような特異な存在を考慮して計算式を作っていない。大谷はとにかく規格外なのだ。
■『ドカベン』『MAJOR』『あぶさん』漫画の選手はどれほどの勝利貢献度なのか?
ここまで、前提となる説明がかなり長くなってしまったが本題に入ろう。今回の試みは「野球漫画のキャラクターが実在したらどのぐらいのWARを記録するか?」だ。野球漫画は成績がすべて描写されているわけでは無いので、劇中描写からわかる範囲の成績、選手のタイプから評価する。計算式を作れるほどのデータが無いので、実在選手で似たタイプの選手が記録したWARからおおよその数値を推測する方法で算出する。各種データが充実しているため、比較対象はNPBではなくMLBの実在選手とする。
なお注意としてWARは統一された計算式が存在しないが、大きな違いは出ない。よく知られているのはFanGraphsが発表しているfWARとBaseball Referenceが発表しているrWARだが日本ではDELTAが独自のWARを発表しているほか、好事家のファンが自身で独自にWARを算出している例も散見される。それほど大きな違いは出ないのでどれでもいいのだが、サイトデザインが見やすいという記事執筆上の実際的な理由からここではfWARを使う。
対象となる選手だが、プロが舞台であることが前提なので人気作でも『ダイヤのエース』(講談社)『BUNGO -ブンゴ-』(集英社)などのアマチュア球界で完結している作品は取り上げない。『巨人の星』(講談社)『侍ジャイアンツ』(集英社)『アストロ球団』(集英社)などの設定が現実離れしている作品も選手の評価が難しいので対象外とする。
■山田太郎(『ドカベン』(秋田書店)) 推定WAR 10.0以上
捕手は地味な印象のポジションだが最も守備機会が多く、重要なポジションである。守備力が優先されるため捕手の強打者は珍しい。山田は劇中で傑出した打撃力を持つ選手として描写されており、打撃三冠王を獲得している。現実では捕手の打撃三冠王はNPB史上野村克也一人のみ。MLBには今のところ一人も存在しない。
現役選手で攻守両面で優れた捕手と言えば、やはりカル・ラリーだろう。ラリーは今季60本塁打で捕手のシーズン新記録を樹立し、アメリカン・リーグの本塁打王になった。ゴールドグラブ常連のラリーは守備力も高く、特に盗塁阻止能力とブロッキングに長けている。ローガン・ギルバート、ジョージ・カービーなどスプリットを得意とする投手が多いマリナーズ投手陣と組みながら、ラリーは2025シーズン捕逸ゼロだった。(ポストシーズンでようやく捕逸を記録した)。山田も劇中ですさまじい落差を誇る里中智のスカイフォークをブロッキングし、サインなしで投げてきた不知火守のナックルを逸らさずに止めている。盗塁阻止能力の高さも描写されており、ラリーと山田はプレーヤーとしては似たタイプと言えそうだ。
ただ四球は多く出塁率は高かったが打率.247だったラリーと首位打者を獲得し打率も高い山田なら打撃貢献度は山田の方が上だろう。マリナーズ本拠地のTモバイルパークは球場の構造上ボールが見づらいらしく、打者不利な球場だが、パークファクターを考慮にいれてもやはり山田の方が上なのでないだろうか。ラリーが山田より明らかに優れている点は走塁だろう。鈍足で走塁に関しては劇中お荷物扱いだった山田に対し、ラリーは俊足では無いが走塁能力は意外と高く今季14盗塁(失敗4、成功率77%)を記録している。悪くない数字である。とは言え、大きな上積みとは言えず打撃貢献度が上の山田の方がラリーよりも高いWARを記録するのではないかと想定される。ラリーのWARは9.1とMVPを争うにふさわしい非常に高い数値だが、より打撃貢献度の高い山田のWARは10.0を超えるのではないかと思われる。これで山田の走塁能力が並み以上だったらさらに凄まじい数値が出ていたに違いあるまい。『MAJOR』(小学館)の佐藤寿也も強打と堅守を兼ね備えた捕手で、劇中描写から首位打者と本塁打王をMLBで獲得したことが分かっている。山田ほど傑出した打撃成績では無かっただろうが、寿也も実在したらかなり高いWARを記録する事だろう。伝統入りプレーヤーのジョー・マウアーは2009年シーズンに打率.365、28本塁打、OPS.1.031で首位打者になりリーグトップのOPSを記録した。守備でもゴールドグラブで、シーズンMVPを受賞している。この年のマウアーのWARは8.3だった。寿也のベストシーズンも同等程度のWARでは無いかと思われる。
■殿馬一人(『ドカベン』) 推定WAR 5.0以上
殿馬は劇中の描写から少なくとも1回の首位打者、3回以上の盗塁王を獲得している。二塁守備でも広い守備範囲で度々見方投手を助けている。そのイメージに重なるのがパワーを発揮する前のホセ・アルトゥーベだ。2014シーズンのアルトゥーベは打率.341、7本塁打、56盗塁(失敗9、成功率86%)、OPS.830の成績でパワーレスだったが、首位打者と盗塁王を獲得している。二塁守備も名手で翌年にはゴールドグラブを受賞している。また、殿馬もアルトゥーベも故障にも強く、欠場が少ない。同じぐらいの成績なら故障がちな選手よりも稼働率の高い選手の方が評価が高くなるのもWARの特徴だ。殿馬とよく似たタイプの実在プレーヤーと言えるだろう。
だが、2014シーズンのアルトゥーベのWARは5.2でMLB全体で30位だった。素晴らしい成績だが、長打の無い選手はWARの伸びにもどうしても限度がある。同年のアメリカン・リーグMVPはマイク・トラウトでWARは8.3だった。トラウトは同年、打率.287と打率ではアルトゥーベを大きく下回ったが36本塁打、OPS.939を記録している。アルトゥーベは2017シーズンにアメリカン・リーグのMVPを受賞したが、その年のWARは7.7でMLB全体2位だった。同シーズンのアルトゥーベは長打力を発揮し24本塁打、OPS.957を記録している。やはり打者はある程度長打が無いと評価はどうしても厳しくなるのだ。
なお、DELTA社の発表によると2015年シーズンの山田哲人はWAR12.9で筆者が確認した限りでは21世紀以降最高の記録である。同シーズンの山田は打率.329、38本塁打、34盗塁(失敗4)、OPS1.027で史上初の本塁打王と盗塁王を同時受賞しインパクトも抜群だった。守備負担の重い二塁手で守備成績も優秀。盗塁成功率も高く、打者有利な神宮球場を本拠地していることを考慮に入れてもすさまじい成績である。
■岩鬼正美(『ドカベン』) 推定WAR7.0以上
岩鬼のような強肩強打堅守の三塁手と言えば、まずMLBファンの頭に浮かぶのはノーラン・アレナドだろう。2019年シーズンのアレナドは打率.315、41本塁打、OPS.962を記録し守備でもゴールドグラブを受賞した。WARは6.1でMLB全体で15位である。極端に打者有利なクアーズフィールド(コロラド)のパークファクターでマイナス補正がかかっているはずだが、十分に凄い成績である。アレナドは極端な打者天国のコロラドからセントルイスに移籍してからも数年は好成績を残しており、打率.293、30本塁打、OPS.891と見かけ上の成績は低下した2022シーズンはWAR7.2でMLB全体3位だった。
アレナドと比べて明らかに岩鬼の方が上なのは走塁貢献度だろう。アレナドは走塁面での+は皆無に等しいが、岩鬼はとびぬけた俊足では無いものの果敢な走塁で度々先の塁を獲得していることからBsRは優秀なのではないかと予想される。一方、岩鬼は出塁率は高いが、三振が極端なほどに多く確実性には難があるため、トータルでの貢献度はどちらが上とも言い難いところだ。
もう一人、現役選手で岩鬼と似たタイプと言えるのがマニー・マチャドだろう。マチャドはアレナドと双璧をなす攻守両面に優れた三塁手だが、打率.298、32本塁打、OPS.898を記録した2022シーズン、WARは7.1でアレナドに次ぐ全体4位だった。総合力型のエリート三塁手の成績はこのぐらいの値がトップクラスなのだろう。岩鬼はホームランテラス設置前の打者地獄だった福岡で本塁打王を獲得していることから、アレナド、マチャドと同等かそれ以上のWAR(7.0以上)を記録しているものと思われる。
だが、三塁手がメインである事はどうしてもWARではマイナスになる。三塁手はWARのポジション補正がマイナスがついてしまい、ポジション的には少し不利だからだ。仮に岩鬼が遊撃手をフルシーズン務めて平均以上に守れていたら、WARは9.0を超えていただろう。スラッガータイプの遊撃手ではアレックス・ロドリゲスが2003年シーズンにMVPを受賞しているが、打率.298、47本塁打、17盗塁(失敗3)、OPS.995でWARは9.2だった。Aロッドは2005年に打率.321、48本塁打、21盗塁(失敗6)、OPS1.031と2003年シーズンを上回る打撃成績を残してMVPになったがWARはわずかに低下して9.1だった。前年から移籍に伴い三塁手にコンバートされたのが影響したのだろう。同様に守備負担が軽いと見做されている一塁手もWARを稼ぎにくい。2012年シーズン、ミゲル・カブレラは史上14人目の打撃三冠王を達成してMVPを受賞したがWAR7.3はMLB全体で6位だった。カブレラは走塁の貢献度も低く、同年は4盗塁だった。さらにポジション的に不利な指名打者の大谷がリーグトップのWAR8.9でMVPになったのは異例中の異例の出来事である。基本的に一塁手と指名打者は鈍足の選手が多いため、打撃以外の貢献度がどうしても加算されにくいのだ。2022年シーズンのMVPになったポール・ゴールドシュミットは一塁手には珍しく俊足で2016年シーズンには32盗塁(失敗5、成功率86%)を記録している。通算でも174盗塁(失敗36、成功率82%)しており、一塁手としては珍しいオールラウンダータイプと言えるだろう。
■景浦安武(『あぶさん』(小学館)) 推定WAR 11.0以上
『ドカベン』では無いがまたしても水島新司作品である、『あぶさん』は50年以上にわたって継続し、主人公の景浦安武(あぶさん)は30年以上プレーして数々の人間離れした記録を残した。3年連続打撃三冠王、史上初の打率4割などまさに「漫画の選手」である。しかもホームランテラス設置前の打者地獄だった福岡ドームで成績を残している。パークファクターも加味されるWARではさらに高く評価されるだろう。走塁では目立った描写は無かったが、足を引っ張るような描写も無く、外野守備では並外れた強肩でレフトゴロを記録したこともある。
あぶさんにはちょうどいい比較対象選手がいる。現役最高の選手との呼び声も高いアーロン・ジャッジである。ジャッジの傑出した打撃成績と強肩を強みとするプレースタイルはあぶさんと重なる点が多い。ジャッジはシーズン62本塁打のアメリカン・リーグ新記録を樹立した2022年以降、プレーヤーとして成熟期に入っており故障で長期欠場した2023年以外の3シーズン(2022年、2024年、2025年)は「最低」でもWAR10.1である。WARは例年なら6.0以上でMVP級で、WAR10.0以上は相当傑出した成績を残さないと出ない。ジャッジのシーズンWAR10.0以上3回は異常な成績である。ジャッジの現時点でのベストシーズンは2024年のWAR11.3なので、似たようなタイプであるあぶさんのWARも11.0を超えているのではないかと思われる。大谷のベストは規定打席と規定投球回を同時達成した2022年で、シーズンWARは9.2だった。こちらも凄い成績ではある。
■茂野吾郎(『MAJOR』) 推定WAR 6.0以上(先発時) 2.0以上(リリーフ時)
続編となる『MAJOR 2nd』(小学館)が連載中の『MAJOR』も誰もが知っているレベルの人気作品だろう。日本では投手が花形のポジションのため野球漫画は投手の主人公が多いが、160km/hを超える速球を武器とする吾郎のプレースタイルは典型的な漫画のエースといった印象である。
主人公の茂野(本田)吾郎は打者としても活躍したが、自身の全盛期ともいえるメジャーリーグ時代はほぼ投手一本だった。致命的な故障のため活躍期間こそ短かったが、劇中ではっきりと「最多勝2回、最優秀防御率3回、サイ・ヤング賞2回、最優秀救援投手2回」を受賞していることが分かっている。現実でもデニス・エカーズリー、ジョン・スモルツ、江夏豊、上原浩治、斎藤隆など先発とリリーフの両方で活躍した例は存在する。斎藤隆はアニメ版の『MAJOR』で監修にクレジットされているが経験を考えると適切な人選だろう。
投手はローテーションを組んで休みながら出場するため、常時出場する野手よりもWARの数値が伸びにくい。投げるイニング数が短いリリーフ投手はさらに伸びずらくトップクラスのリリーフ投手でWARは2.0程度から最高でも3.0程度である。今期リリーフ投手で最高のWARを記録したケード・スミスのWARは2.7だが、これは平均より上程度の先発投手と同等レベルで、サイ・ヤング賞級投手の半分以下である。今期の菊池雄星が178.1イニング、防御率3.99、FIP4.23でWAR2.5だった。オールスターに選ばれたものの後半戦に失速し、トップクラスの成績とはいかなかったがスミスと大差ない評価である。今季、投手で最高のWARを稼いだのはタリク・スクーバルで6.6、スミスの倍以上のWARを記録した投手が5人いるが全員先発投手である。リリーフ投手は投げるイニングが短いため、WARではあまり高い数値が出ないのだ。(また、MLBでは投手にはサイ・ヤング賞があるのでMVPは基本的に野手のものという考えがある。そのため、投手がMVPを受賞することはかなり珍しい)
今年のワールドシリーズに出場したドジャースのリリーフ防御率はMLB30球団中21位、ブルージェイズは16位である。この2球団の成功はリリーフ投手の重要性についての示唆に富んでいると思う。少なくともドジャーズとブルージェイズが強いのはリリーフ投手陣が強力だからではないことだけは確かだ。
ただし、投手でも圧倒的な成績を残すと話は変わってくる。2000年シーズンのランディ・ジョンソンは248.2イニングで防御率2.64、FIP2.53を記録しWAR9.6だった。MVP級のスラッガーと同等以上のレベルのWARである。同年は投手2位のペドロ・マルティネスがWAR9.4、投手3位のグレッグ・マダックスもWAR7.2で例年ならMVPを受賞する野手以上のWARを記録している。2000年ごろのMLBは薬物に対する罰則が強化される過渡期であり、クスリで強化したスラッガーが長打を量産する打者有利な環境だった。見かけ上の数字がそこまで凄くないのWARが高いのは環境上の問題だろう。この3人は全員有資格初年度で殿堂入りしている。2000年は彼らの全盛期であり殿堂入りに値するプレーヤーの全盛期の凄さを物語っている。リリーフ投手では2003年シーズンに55セーブ、失敗ゼロでリリーフ投手としては異例のサイ・ヤング賞を受賞したエリック・ガニエがWAR4.7を記録している。エース級先発投手並みの数値であり、同年リリーフ投手2位だったジョン・スモルツがWAR2.9だったことからこの年のガニエも傑出していたことが分かる。
吾郎は前述の通り獲得タイトルについては劇中で言及されていたが成績の詳細まで描写されていなかった。今期リリーフ投手で最高のWARを記録したケード・スミスのWARは2.7だが、例年だとトップクラスのリリーフ投手でWARは2.0程度から最高でも3.0程度が大体の相場である。スミスの成績は例年の相場通りの範囲内に収まっていることが分かる。投手で最高のWARを稼いだのはタリク・スクーバルで6.6、例年のサイ・ヤング賞級先発投手のWARが大体6.0から高くて7.0程度なのでスクーバルも例年通りの相場に収まっていることがわかる。
以上の実例から仮に吾郎が「例年のトップクラス」の成績なら6.0以上(先発時)、2.0以上(リリーフ時)程度、「傑出したシーズン」だった場合はWAR9.0以上(先発時)、4.0以上(リリーフ時)になるだろう。
■毒島大広(『ストッパー毒島』(講談社)) 推定WAR5.0以上
前述の通りリリーフ投手は先発投手ほどWARでは評価されないが、それでもわざわざややマニアックな『ストッパー毒島』も持ち出してリリーフ投手の毒島を取り上げたのには理由がある。
ポイントは毒島が劇中でイニング跨ぎを厭わず、リリーフ投手でありながらかなり長いイニングを投げていたところだ。特に優勝が決まったシーズン最終戦。先発の清水良馬がアクシデントで初回に降板し、毒島は初回の途中からリリーフして最後まで投げぬく「ほぼ完投」だった。これだけイニング跨ぎを厭わずして投げまくったことから、毒島は完全分業制過渡期のクローザーのようにリリーフ登板のみでシーズン100イニング以上投げていた可能性がある。
1977年シーズンのブルース・スーターは62登板すべてがリリーフながら107.1イニングを投げ防御率1.34、FIP1.61、WAR5.2を記録している。同年のゲイロード・ペリーが238.0イニング、防御率3.37、FIP3.17で同等のWAR5.2だったのでスーターはリリーフ投手でありながらエース級の先発投手に匹敵する貢献度だったことになる。また、劇中描写で考慮すべきポイントとして毒島の極めて高い奪三振力もプラスに働くだろう。毒島はシーズン最終戦で1試合20奪三振の日本新記録を樹立しており極めて高い奪三振能力を持っていることが分かる。
WARの算出に使われるFIPは奪三振能力を重視しているため、毒島はかなり優秀なFIPを記録している可能性がある。1977年シーズンのブルース・スーターも奪三振能力が非常に高く、107.1イニングで129奪三振を記録している。同じく長いイニングを投げて安定した投球をし、三振奪取能力も高かった毒島は、仮に実在していたらスーターと同等レベルのWARを記録していたかもしれない。
同じくリリーフ投手が主人公の作品だが『グラゼニ』(講談社)の主人公、凡田夏之介は完全分業制時代のモダンなリリーフ投手として描かれている。左サイドスローの変則投法でワンポイント登板の描写もあり、投球イニング数はそんなに伸びていないだろう。夏之介はFA権取得の年にリリーフ投手として最高レベルの成績を残して巨額の契約を勝ち取ったが、その年のWARは2.0-2.5程度だったと思われる。
■山田太一(『ペナントレース やまだたいちの奇蹟』(集英社)) 推定WAR 7.5以上
遊撃手は野球の盛んな北中米カリブ海出身の選手の間では花形のポジションである。MLBでは身体能力に優れたアスリートタイプの選手が華々しい活躍をしており、今期2度目のナショナル・リーグ首位打者を獲得したトレイ・ターナー、昨年のアメリカン・リーグ首位打者ボビー・ウィット・ジュニアなど、スピードと守備力と確実性とパンチ力を兼ね備えたオールラウンドな選手で、花形のポジションとしての遊撃手の代表格と言える存在だろう。
日本で遊撃手は守備優先タイプの選手が多く、漫画では脇役扱いで主人公は珍しい。『ペナントレース やまだたいちの奇蹟』の主人公、山田太一は珍しい遊撃がメインの主人公である。太一は打撃成績がはっきり描写されており、「打率.236、31本塁打」の成績を残している。
エラーは多めだが守備範囲は広いとの描写もあり、同一ポジションで似たタイプの成績だと2023シーズンのフランシスコ・リンドーアと重なる。2023シーズンのリンドーアは打率.254に過ぎなかったが、31本塁打、OPS.806とパワーを発揮し、守備範囲の広さを表すOAAもトップクラスだった。同シーズンのリンドーアのWARは5.5である。遊撃手は守備負担が重いため、ポジション補正の+が大きくWARでいい数値が出やすい、今期はウィット・ジュニアがWAR8.0、ターナーがWAR6.7でそれぞれMLB全体の4位と6位にランクインしている。
加えて太一はリリーフ投手として登板もしており、二刀流プレーヤーでもある。前述の通りトップクラスのリリーフ投手でWARは2.0程度から最高でも3.0程度なので、仮に太一の野手WARをリンドーアと同等の5.5程度とした場合、合計WARは7.5は超えるだろう。太一はリリーフでイニング跨ぎをしており、ある程度長いイニングを投げていたものと思われるので投手としての貢献度は完全分業型のリリーフ投手よりも上かもしれない。二刀流プレーヤーは投打の合算でWARを計算するので、7.5は超えるのではないかと思われる。(そしてこの数値は野手では指名打者専任の大谷を超えない。大谷がいかに凄いかよくわかる)
■岡本慶司郎(『おはようKジロー』(秋田書店)) 推定WAR 8.5以上
こちらも二刀流プレーヤーである。慶司郎で注目すべき点は、二塁手だが捕手でもプレー可能でプロに舞台を移して再登場した『ドカベン ドリームトーナメント編』では捕手で先発出場していたことだ。捕手は走力を重視されないため、慶司郎のように身体能力が高く、走力にも優れたファイブツールプレーヤータイプの選手は珍しい。NPBでそのような選手の例は誰一人存在しないし、MLBでもそのような例は稀だ。
既に選手としての盛りは過ぎてしまった感があるが、J.T.リアルミュートはそういった稀有な例の一人である。2022年シーズンのリアルミュートは打率.276、22本塁打、OPS.820で打撃ではシルバースラッガー賞を受賞し、走塁では21盗塁(失敗1、成功率95%)、守備では極めて高い盗塁阻止能力を発揮してゴールドグラブ賞を受賞するオールラウンドな活躍をした。WARは6.7で例年ならMVP級の成績である。慶司郎はリリーフ投手でもあるので、主力級のリリーバーとして2.0前後がそれ以上の投手WARを稼いだとすると、WARは合計で8.5を超える計算になる。これでも大谷、ジャッジのベストシーズンより下なのだからこの二人がいかに規格外がわかる。
■真田一球(『一球さん』(小学館)) 推定WAR 12.0以上
漫画の二刀流プレーヤーで最もドリーム的な存在の選手だろう。一応は投手メインのような扱いだが、他のポジションで出場する描写も多く特殊性の高い投手と捕手を含む全ポジションを守ることができる。一球さんは『ドカベン』シリーズでプロに舞台を移して再登場した際は東北楽天ゴールデンイーグルスと新設された架空の球団、京都ウォーリアーズで活躍した。忍者の末裔でトップクラスの俊足を持ち、バッティングセンスにも優れている。こんな選手が実在したらすべての球団が欲しがるだろう。
近代野球史上最高の万能プレーヤーと言えば、MLBファンはベン・ゾブリストを思い浮かべるだろう。2019年を最後に引退したゾブリストは2009年シーズンに打率.297、27本塁打、OPS948、17盗塁(失敗6、成功率73%)と打撃と走塁で高い貢献をしたが、何より特筆すべきはその万能ぶりである。同シーズンのゾブリストは二塁と右翼をメインに投手と捕手以外の全ポジションで出場し、守備指標も優秀だった。
シーズンWARはMLBの全野手でトップの8.7で当時WARがもっと浸透していればMVPはジョー・マウアーではなくゾブリストが受賞していたことだろう。加えて一球さんは投手としても出場(先発、リリーフ両方で登板)している。規定投球回に到達するほど投げてはいないだろうが、それなりのイニング数を投げた大谷(130イニング)の2021年投手WARが3.0なので、仮に一球さんの投手WARを同等程度かそれ以上とするなら合計WARは12.0を超える可能性がある。山田哲人の記録(WAR12.9)を超えるかもしれない。