【新連載】谷頭和希の「話題のビジネス書」“ガチ”レビュー 坂口恭平、92歳総務課長、論理的思考本を読む

 数多くの書籍が刊行されている中でも、特に隆盛なジャンルといえばビジネス書だ。総合ベストセラーランキングでも常にビジネス系書籍がランクインしているが、 売れているビジネス書は、どれも面白いと言えるのだろうか? タイトルに惹かれて、実際に読んでみたところ、思っていた内容とは違うと感じた経験はないだろうか? チェーンストア研究家であり、多くの書籍を濫読している谷頭和希氏が、話題のビジネス書を本音でレビューする連載企画。忖度抜きで斬り込みます!

論理的思考問題マニアによる“クイズノック本”
「好き」がビジネスに活かせる(ように見せた)編集の妙

野村裕之『頭のいい人だけが解ける論理的思考問題』(ダイヤモンド社)

野村裕之『頭のいい人だけが解ける論理的思考問題』(ダイヤモンド社)

 まずは、『頭のいい人だけが解ける論理的思考問題』(野村裕之/ダイヤモンド社)。
ビジネスにも活きる「論理的思考問題」が、その解法とともに掲載されている。筆者曰く「論理的思考」といっても、そこで鍛えられる能力は多岐に及んでいる。事実を客観的に捉え、矛盾のない判断をする「論理的思考」。前提条件を疑い、物事の本質を見抜く「批判思考」。先入観に囚われることなく自由な視点で物事を捉える「水平思考」。細部にこだわりすぎず、全体を見抜く「俯瞰思考」。そして、物事に対して複数の視点からそれを概観する「多面的思考」という5つの力がそれだ。

  各章では、この5つの力に特化した問題が並び、それらを一つずつ考えていくだけでも楽しい。まず第一にこの本の魅力は、「単純に楽しい」ことにある。「はじめに」で、論理的思考がいかにビジネスに役立つかについて書かれているが、そもそも筆者は論理的思考問題マニア。その沼にハマり、論理的思考問題を紹介するブログを運営する人物だ。役立つよりも「楽しい」から、これだけの種類の問題を集めている。「はじめに」の最後で筆者の本音が漏れている。

「論理的思考問題は、最高に面白い!」

 一目見て、「こんなの、わかるわけがない」と思う問題の解説を読み、答えに近づいていくときのワクワクは、まるでミステリー小説を読んでいるような気分です。答えがわかったときの爽快感はたまりません。

  とはいえ、版元はダイヤモンド社で、その見せ方は完全にビジネス書。ビジネスに活きる学びがしっかり散りばめてある(ように演出している?)。特に、筆者のメッセージが強く表れるのが「おわりに」。

  筆者は、論理的思考問題を解く中で、簡単に問題を解くのをやめない「諦めない力」を身に付けたという。そして、AIやらGoogle検索やらで、考えなくても答えが最短で見つかる時代に対し、「諦めないことの大事さ」を語る。

  ただ唐突に「諦めないことは大事だ」と書いても「そうですね」としかならない。しかし、この本の特殊性は、筆者が論理的思考問題マニアで、それらの問題を長年考え続けてきた経験があること。それが、この主張に説得力を与えている。そりゃ、こんだけの問題を全部考えてきた人なら、「諦めないことは大事だ」という資格があるだろう。

  ややもすると、「論理的思考問題マニア」によるクイズムックにもなってしまいそうなところを、うまくビジネス的な要素に落とし込んだのは、編集の妙だと思った。

一般社会人なら当然のことを「坂口恭平」というブランディングで
価値を高めた「独立思考型」人間のための本

坂口恭平『生きのびるための事務』(マガジンハウス)

坂口恭平『生きのびるための事務』(マガジンハウス)

  さて、次は『生きのびるための事務』(坂口恭平/マガジンハウス)である。

  ここでいわれる「事務」とは、お金や時間といったものの「量」を適切に整えること。夢を叶えるためにはいくら必要で、それをどこから、どのようなスケジュールで捻出するのか。そうした人生設計そのものを「事務」と呼ぶ。芸術家である坂口自身の自伝的な内容でもあり、マンガで書かれていることもあって、読みやすい。

  今書いた通り、この本での「事務」という言葉は、一般的な意味での「事務」とはちょっと意味が離れている。しかし、ある仕事や目標に向かってスケジュールを決めたり、予算を考えることは、一般社会人なら当然のこととして教わる。だから、この本もきわめて「普通」のことを書いているのだが、そこに説得力があるのは、著者が「坂口恭平」という一点に尽きる。

  坂口は、建築家・音楽家・作家・画家などさまざまなジャンルで活動を行う人物で、実際に彼が「事務」によって現在のような生活ができている「圧倒的現実」が、「当然のこと」に説得力をもたらす。しかも「芸術」という一見、「事務」と関係ないと思えるジャンルだからこそ、より一層、その重要性が浮き出てくる。

  ただ、正直に言えば、これを読んだときに私は「自分に関係ない話だ」と思った。というのも、この本は明確に「好きなこと」や「やりたいこと」がある人に向けて書かれているから。坂口自身が芸術家であり、「自己表現」をしたい人がどのように社会と折り合いを付けるのかについての本だともいえる。そうした人々にとっては、目から鱗の内容かもしれない。しかし、未来に対する強烈なビジョンがあるわけではない私からすると、やはりどこか関係の無い話として映ってしまった。

  また、本書に通底する強烈な自立思考・独立思考も読むときの妨げになった。勤め人である学校の先生のことを「彼らは皆、我々が払ったお金で食べているんですから、《事務》の視点で見ると、彼らは先生ではありません」と手厳しいことも述べている。「自分がやりたいこと」で「自立」して生きる道を探すことが「事務」だと説く坂口の目からは、「会社員」や「教員」といった、大組織に所属する人間は取るに足らない存在だと見えているのかもしれない。

  そういう意味で、基本的に「やりたいこと至上主義」が暗黙の了解として流れている印象を受け、読んでいて苦しくなってしまった。

  ただ、繰り返すが、坂口恭平という生き方やスタイルに共鳴・共感するのであれば読むべきであるし、「自立」を考えている方にとっても「学び」のある一冊となるであろう。

 与えられた仕事をいかに楽しいものにしていくかーー
ポジティブマインドと「普通」を徹底する大切さ

玉置泰子『92歳総務課長の教え』(ダイヤモンド社)

玉置泰子『92歳総務課長の教え』(ダイヤモンド社)

 その意味で「92歳総務課長の教え」(玉置泰子/ダイヤモンド社)は、坂口の本と対照的だ。この本の著者は、玉置泰子。サンコーインダストリー株式会社で66年間にわたって、主にバックオフィス業務などをこなしてきた。現在、92歳で現役バリバリ。「世界最高齢の総務部員」としてギネス世界記録も取っている。そんな玉置が会社員として働く中で見えてきた極意を書いている。徹底して「組織人の生き方」を説く点で、坂口の本とはまったく異なるスタンスを持つ。

 この本が良いのは、著者である玉置のあまりにもポジティブな仕事や人生に対する姿勢。最近では、「ブルシットジョブ」やら、「働いていると好きなことができない」といった「労働の負の側面」が話題になりがちである(むろん、その負の側面はしっかりと考える必要がある)。ただ、私個人は働くのが大好きで、特に仕事以外に強烈にやりたいこともない人間だから、やるべきことを与えてくれる仕事には感謝しかない。しかし、どうやら世間の人は「やりたいこと」や「好きなこと」で頭がいっぱいらしい。そうすると、組織の歯車としてやりたくないことをやらされる会社の仕事はネガティブに捉えざるを得ない。本書で書かれている「総務の仕事」は、まさにそうした「会社のためにやる仕事(=自分がやりたいことではない)」ともっともかけ離れている「ブルシット・ジョブ」である。

 しかし、そんな仕事に対して玉置は驚くほど、ポジティブ。「それぞれが引き受けた仕事に関しては、一人ひとりが主人公です」という言葉からもわかる通り、すべての仕事に意味を見出す。結局は、与えられた仕事をいかに楽しいものにしていくのか(そう自分に信じ込ませていくのか)が重要なのだと思わされる。

 その結果として、玉置が語る仕事の秘訣は、良くも悪くもあまりにも「普通」だ。本書の主張は、次のようなもの。

・掃除を重視する
・何歳になっても学ぶ姿勢を忘れない
・「重要度」と「切迫度」で(仕事の)優先順位をつける
・挨拶をする
・説教、自慢話、昔話はしない 
・悪口をいうと『運』がにげていく
・女性が働きやすい環境をつくる

  どうだろうか。いかに、この本が「普通」のことを言っているか。特に「掃除」や「挨拶」のくだりは、「え、これって道徳の教科書だったっけ?」と思うほど。逆にいうと、薄っぺらくさえなってしまう内容でもあるのだが、そこに説得力があるのは、66年間を会社で生きてきた玉置だからこそ。「普通のことを徹底することが大事」だと書いている通り、結局はこういう普通のことをいかに続けていくのかが重要なんだな、と思わされる。そしてそれを続けるための前提として「ポジティブさ」が必要だということだ。

 『生きのびるための事務』が、基本的に「個人」が長く仕事を続けていくための方法だとしたら、こちらは「組織」で長く仕事を続けていくための方法が書いてある。その意味で、多くの人が勤め人である現代において、より広い射程を持っているのが、この本だといえるだろう。まあ、書いている内容はあまりにも「普通」なので、そのまま使えるかといったら疑問はあるけれども。

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